(参考写真)腕章をしているのは商人を監督する市場管理員。 2013年8月に恵山市場にて撮影「ミンドゥルレ」(アジアプレス)

「朝鮮ウォンが急落している」

その知らせが最初に入ったのは1月20日、咸鏡北道茂山(ムサン)郡の取材協力者からだった。1中国元(約16円)との実勢交換レートが、1100ウォン台から1350ウォンに急落したのだ。昨年末の調査に比べて17.6%もの下落だ。
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同日、咸鏡北道の清津(チョンジン)市から1380ウォン、両江道の恵山(ヘサン)市から1320ウォンと、各地から同様の元高が伝えられた。「市場では、以前の『貨幣交換』の悪夢が蘇ったのか、不安が拡がっている」と恵山市の協力者は言う。

その後、実勢交換レートは翌21日に1250ウォン、23日に1280ウォンになって、旧正月の連休に入った。なぜ北朝鮮ウォンは急落したのか? 我われはすぐに国内の動向の調査に入った。その結果については、後で詳しく述べる。

※2009年末、金正日政権は突然、ウォンを百分の一に切り下げる「貨幣交換」(新ウォン切り替え、デノミ)を断行、経済が大混乱した。

◆深刻な外貨難

2017年に国連安保理の強力な経済制裁を科された北朝鮮は、翌年、対外輸出額の9割近くを失うなど、外貨収入に大打撃を受けた。にもかかわらず、2018、2019年の食糧価格や外貨交換レートは、対ドル、対中国元ともに安定を続けてきた。この間の対元レートは概ね1元=1200ウォン前後で推移していた。

北朝鮮国内の物価動向は、燃料価格を除いて、ほぼ外貨交換レートに連動している。つまり、外貨不足にもかかわらずインフレが発生していないのは、対ドル、対中国元交換レートが安定していたからである。

この物価の安定をもって、「経済制裁の影響が出ていない証し」という主張が、日韓の一部から出ていた。が、これは正しくない。アジアプレスでは、北朝鮮国内の取材協力者とともに2年間調査を続けてきたが、平壌でも地方都市でも制裁の影響は甚大だ。

貿易会社の事務所閉鎖、アパート価格の暴落、平壌の富裕層の没落、鉱山の稼働は停止ないし大幅縮小、市場の沈滞、庶民の暮らしの悪化、軍や警察の予算不足、コチェビ(浮浪者)、売春行為の増加などが報告されている。昨年末に開かれた労働党中央委員会総会で、金正恩氏自身が「前代未聞のかつてない厳しい難局」と報告している。

にもかかわらず、外貨交換レートはなぜ安定しているのか? それは北朝鮮専門家の間でも謎であった。韓国には、「ダラーリゼーション(ドル化)だ」と説明するする研究者がいる。北朝鮮国内では、信用のないウォンを忌避して中国元、米ドルが広く流通しており、それからが実質的に「代替通貨」となって物価を安定させているという説だ。また、「北朝鮮当局がウォン安定のために闇の為替市場に介入している」と主張する研究者もいる。

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