野中章弘×辺見庸×綿井健陽 対談(2)
作家 辺見庸とアジアプレス 野中章弘、綿井健陽が、
イラク戦争と報道、そして自衛隊派遣の論理を問う
(この対談は2003年12月27日に収録されたものです)

【アフガニスタンを取材中の綿井健陽】(2001年)

綿井
3月10日にイラクに入ってその10日後から空爆が始まりました。空爆の恐怖とは、一言で言えば破片の恐怖なんです。辺見さんもクラスタ―爆弾の破片を講演会でお見せになっていると思います。

僕も病院などで空爆の被害者の取材をしてわかりましたが、ぐちゃぐちゃになっている遺体はほとんどないんです。

そういう死体は運ばれさえもしない。遺体でさえも横たわって寝ているだけに見えるものもありました。しかし、頭や内臓、目に、小さな小さな破片が突き刺さって死んでいくのです。

ラムズフェルド国防長官が薄笑いを浮かべて「これが精密誘導爆弾が命中している映像です」とよく記者会見で説明していますよね。あの映像に映らないものが破片なんです。
爆弾が当たったあとに周囲何百メートルにも飛び散る破片で住民が死んでいくんです。それが空爆被害の隠された真相です。爆弾が命中しているか否かは落とす側からの論理で、下で暮らしている人からは、それがトマホークであろうと、限定的であろうと、誤爆であろうと、爆弾は爆弾でしかない。

僕はむしろその爆弾の破片の小ささ故に、そこに人間の破壊への欲望や衝動が凝縮されているように感じるんです。
4月9日にバグダッドが陥落した時、イギリス国籍でパキスタン人の女性ウスマック・バシルさんが、「How many children have you killed?」という横断幕を持ってアメリカ軍の戦車に向かって訴えていたんです。僕の傍を横切って一人一人の米兵にたった一人で訴えかけていくんですが、米兵は薄笑いを浮かべて黙殺しました。

あの一人での抵抗を見たとき、天安門事件で戦車の前に立ちはだかった青年と重なって見えた。あの女性のたった一人の抵抗は、崇高で根源的な問いかけだと思いました。その後、女性は米兵に「Go to the hospital」と叫んでいたんです。それを聞いて僕もすぐに病院にいかなきゃと思いました。その問いかけは僕らメディアの側にも向けられていると思ったんです。

バグダッドが陥落したあとに日本のマス・メディアの記者がみんな入ってきたんですが、彼らが略奪の様子などを取材した後、「意外と空爆の被害は少ないですね」「大統領宮殿は破壊されていますが、一般の民家はそんなに破壊されていないですね」と言うんです。

それは違います。そんな車で街を一回りしただけの「印象取材」で空爆の被害者が見つけられるはずはありません。病院に行って住民の診察記録を調べたり、住宅をひとつひとつ回ればやはり出てくるんです。「想像力の先にある事実」をつかむには、街をちょっと回ったぐらいではわからない。

実は僕も同じ錯覚をしたことがあるんです。01年11月にアフガンのカブールが陥落した時、北部同盟と一緒に街に入り、僕もタクシーで街を回っていて、第一印象では空爆の被害は意外に少ないと思ったんです。ところが、後から実際に病院に行ってみると違うんです。今回は、バグダッドが陥落する以前からずっと現場にいたから、被害の様子も想像できたし、あのパキスタン人の女性の問いかけにも実感できたと思います。
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