あれは戦争放棄を前提として国際社会で名誉ある地位を得る、と記してあるのに、それをひっくり返している。僕は売国奴だと思っているけれど、こんなにも反国民的な発言はない。でも新聞はこぞって怒っていない。
一方で憲法を完全に変えようとしている。この流れの中で、我々が予想しているよりも早い速度で憲法が自主的に変えられる。あるいはもっと恐ろしいのは、ワイマール憲法下のナチスドイツのようにワイマール憲法には手をつけないまま戦争をやってしまうことも考えられる。
例えば北朝鮮との緊張の中で、安倍晋三が先制攻撃も構わないと言っているように、いくらでも理屈をつけながらやることができる。言説、思想、約束事のたがが完全に外れてしまっているんですね。メディアに関係する人間達がそれを根源に立ち戻って考え、出発点にする。始まった現象を事後的にほじっていくだけでは完全に駄目になると思う。もっと訴求していろんなものを歴史的にも検証していく。
あと、全体に醸し出されている、好戦的で戦争へ向かっているような空気を相互的にチェックしていく。例えばイラクの問題と北朝鮮に対する日本の政策の問題がリンクしている。外交官の殺害に憑かれていやしないかと思う。まるで予定していたかのように小泉首相は「日本国民の精神が試されている」と言って、読売新聞の社説はテロに屈するな、となっている。
これは1931年の柳条湖事件と同じで、メディアが「やれやれ!」と言っている。僕は59歳だけれど、今まで生きていて一番危ない時期に入っていると思う。
綿井
僕は本当に驚いたんですが、朝日新聞25日付で船橋洋一さんが「『名誉ある死』を考える」という記事で「『名誉ある死』にどのような形と中身をあたえるか。そうしたことも静かに考るべき時にきている」と書いているんです。つまりもう死を前提として追悼することを考えなければいけないと書いているんですよ。
辺見
メディアは無意識にやっているね。確かに外交官の死は痛ましいことだし、悲しいことだけど、ラグビー大会でああいう演出をやったり、至るところで喪に服して外交官の死を聖域においてしまう。これでは北朝鮮による拉致被害者の報道と同じで、全て美化してしまっている。
同胞の被害というのは一番危ない。それがリバウンドするように他国に対して制裁を強めるのはよくないよね。(続く)