外部からの思想・情報の流入を統制してきた北朝鮮。脱北者と携帯電話が、情報鎖国に穴を開けた。
◆国境地帯で1万台の携帯電話
「私の知り合いの密輸屋に限っても、ほぼ全員が携帯電話を使っていることを考えても、国境地帯全体で1万台ぐらいは使われているのでは」
と証言するのは、両江道恵山市の密輸屋B氏。私の直通通話のパートナーだ。B氏は電話をかけるためにわざわざ人気のない場所に出て行ったりせず、自宅からかけているという。通話をしていると、電話口から時折子供の声が聞こえてくることもある。また、私の調査依頼を、横にいる女性にメモを取らせているようなやり取りが聞こえてくることもある。
北朝鮮当局も取り締まりに躍起のようだ。03年9月22日付けの韓国紙中央日報は、中国携帯電話取締りに関する北朝鮮の内部文書「国境地帯での対空電話機(携帯電話のこと)の使用について」を入手し、「国境地帯の税関で『入国者の手荷物検査を徹底せよ』との指示が出た」と伝えた。確かに、中国人が北朝鮮に入国するさい、携帯電話は厳重に持ち込みを禁止され、出国するまで税関が預かるのが普通だ。しかし、携帯電話などは国境の川を越えて簡単に搬入できてしまう。
◆取り締まる政治指導員が自ら携帯電話を使用
私と電話のやり取りしている茂山郡のA氏は、恵山市の密輸屋とも電話で密輸品相場の情報交換をしている。北朝鮮国内同士の通話だが、使用しているのは「中国の国内電話」ということになる。
「通話相手の恵山市の密輸屋とは、現役の国境警備隊の政治指導員の将校だ。携帯電話の搬入を取り締まる立場の人間がそれを駆使しているわけですから、流入はもう止められませんよ」
と、A氏はにやりと笑ってそう言った。
北朝鮮のテレビ、ラジオ、新聞、雑誌などのメディアは、すべて国家権力の強力な統制下に置かれていることはよく知られている。金正日政権に少しでも都合の悪い情報は、まったく報じられない。また、テレビ、ラジオを持つと当局に届けなければならず、チューニングを固定されてしまう。もし外国のテレビ、ラジオ放送を聴取していることが発覚すると、政治犯罪として処罰されることを覚悟しなければならない。
それだけではない。友好国中国の新聞や雑誌も国内持ち込みは許されておらず、入国検査の時に没収される。
国内の電話も不便極まりない。特権階層の家や公的機関以外に電話機はまずないし、設備は古い上に盗聴が常態化しているという。だから、私のような国外のジャーナリストが、情報収集のために北朝鮮人とダイレクトに、しかも盗聴の心配なく国際電話できるようになるなど、数年前まで想像もできないことだったのだ。
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