ピコッ、ピコッという乾いた電子音だけがガランとした手術室に響いている。執刀医は男性の下腹部から、弾丸で破損した腸を摘出しながら、「小腸と大腸、それに骨盤に損傷がある」と説明した。大量の出血があり、患者の顔からは血の気が失せて、手足さえピクリとも動かない。イラク人医師は「彼の生死はもう神の手にゆだねられている」と語った。
サマワ総合病院へ米軍に撃たれた若い男性が運ばれてきたのは、2月29日の正午前のことである。この日の9時半ころ、自衛隊の駐留するイラク南部のサマワと近郊の町ルメイサを結ぶ幹線道路で、輸送車両の警護にあたっていた米軍がピックアップ・トラックに向けて発砲。運転席の男性はその場で死亡し、腹に被弾した助手席の青年(19歳)は意識不明のまま、病院へ運ばれていた。
事件の詳細はまだあきらかではない。目撃者によれば、道路脇に停車していた米軍装甲車をトラックが追い越そうとした際、後ろから発砲されたという。複数の証言から推測すれば、米軍の停止命令に従わなかったため、撃たれた可能性が高い。
現場に残されたトラックを調べてみると、後部のガラスに数発の弾痕があり、前からではなく後方から銃撃されたことを証明している。道路上に散乱していた薬莢は、機関銃のサイズのものとM16自動小銃の2種類である。機銃を頭に据えた米軍装甲車から乱射されたことは、容易に想像できる。
この日、私は自衛隊の取材を終え、サマワへ戻る途中でこの事件と出くわした。午前10時過ぎのことである。発砲現場にはまだべったりと血糊が残っており、集まった数十人の人々は米軍の行為を激しく非難していた。
ある男性は「米軍のやり方を見たか。なんの理由もなく殺しもするし、レイプもやる。ヒロシマ、ナガサキで20数万の日本人を虐殺した米国だから、ここでイラク人を2人射殺するぐらい何でもないんだ」と私に怒りをぶつける。
この国道8号線はクゥエートとバグダッドを結ぶ大動脈の一本で、石油や物資を運搬するコンボイや武装した米軍車両がひんぱんに往来している。激高した人々はそばを通過しようとする米軍トラックの前に立ちふさがり、素手で車のボンネットをたたいて叫び始めた。
「くたばれアメリカ!」
「くたばれブッシュ!」
「ノー・アメリカ!」
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