脱北者、市場経済の拡散で北朝鮮に流入する外部情報は増える一方だ。そして、それは必然的に人々の意識に変化をもたらしている。
◆情報鎖国――北朝鮮
社会主義国でありながら政権を親子で世襲したり、指導者に忠誠を誓うことを無条件に強要する社会システムを作るなど、北朝鮮が世界にも類まれで特異な独裁体制を長く形成・維持してこられたのは、徹底した恐怖政治と経済活動の統制、そして情報統制によるものだった。
新聞・雑誌・放送などのメディアが、政権の完全な統制の下に置かれているのはよく知られている。ラジオはハンダでチューニングを固定され外国放送を聞けないようにされている(それでもこっそり外国放送を聴いている人が少なくないというが)。
友邦の中国から入国する人も、新聞・雑誌・書籍の持込は原則として認められていない。吉林省延辺朝鮮族自治州の朝鮮語新聞ですら入国審査で没収される。
このように、外部世界の報道に接することのできない北朝鮮の人々は、国外はおろか北朝鮮の関係する大事件についても、情報入手までひどく時間がかかることになる。
◆北朝鮮の大多数の人は拉致事件を知らない
北朝鮮の大多数の一般国民は、拉致事件そのものを、いまだに知らないでいると私は見ている。もちろん、労働新聞などの官製メディアは「拉致問題」という用語は使用している。だが、それが、いつ、どのようにして引き起こされたのか、また最高指導者の金正日が罪を認めて謝罪した事実などは、外国人と接触する立場のごく一部の人間を除き、いまだにまったく知らされていないと思われる。
私はこの10ヶ月の間に、北朝鮮から脱出してきて間がない人と、中国と密輸で行き来している人を30人ほど選んで取材し、全員に日本人拉致事件について知っているか尋ねた。「中国に来て聞いた」という一人を除いて、全員が拉致事件そのものを「聞いたこともない」と答えたのである。02年9月に小泉首相が平壌を訪問して金正日総書記と会談したことは知っているのに、だ。
次のページへ ...