以前、タイのアランヤプラテートのカンボジア難民キャンプの取材をしたじゃないですか。
野中
そうね、由貴さんと一緒に行って…。

野中さんからするとそういう体験をいっぱいしているわけでしょう。私は初めてで、ソマリアがあって、中国もあって、それにタイ。あそこは私からすると、もっと特殊だったんですよ、体験としては。いろいろなことがあったけれども、いま一番私の中に残っているのは何かといったら、2つあって、ひとつは、まずタイ・カンボジア国境に入るときにサインをしたこと。国境に入って何があっても政府は知らないぞ、責任はもたないぞ、ということに同意するためのサインでした。やっぱりその段階では全然実感がなくて、「ふーん」と思って書いたわけで、例えば、「えっ、こんなもの書かないと入れないの」とか、「怖い」とかって思ったかというと全然思わなくて、これはやっぱり知らない強さですよね。
実際にそこに入って、たまたま何か、道路だったのか何だったのか私は記憶ありませんけれども、向こうから一輪車か何かで物を運んでいたりするのを私がよけたら、何かすごい銃でバシッとはね飛ばされたんです。わけがわからなかったんですけど、そしたら、その周りに地雷が埋まっているから下りるなということだったんですね……。
野中
そういうことがあったね。

ところが地雷というものが頭ではわかるけれども、どういうものかというのも頭でしかわからないから、そのときも怖いと思わなかったんですよね。ところが、難民キャンプの病院で、本当に野戦病院みたいに地雷の被害者なんかがどんどん運ばれてきて、何もないところで手術したりしていて、その光景に驚いたんですね。一番驚いたのは手術が終わってリハビリとかいろいろしている人たちのところに行ったときに、12~13歳ぐらいの男の子と会ったときです。彼は「逆立ちして歩いていなくてよかったよ」と言ったのです。何を言ってるんだろうと思ったら、「逆立ちしてたら頭が吹っ飛んでいるよ」って。「足で歩いていたからこれで済んだ」って。
両足なくなって笑顔でそうやって言っている人たち。それを周りの人もふつうに見て笑いながら、話をしているって、あまりに自分の日常と違う光景なんですよね。初めてその人たちの生活というのでしょうか、そういうところで生まれ育って、その親もそうだというね。ずっとその中で生活している人たちと自分たちとの違いということを体感したんです。平和ぼけの意味というのを初めて実感したというか、今改めて思ってみて、何が一番印象に残っているかというと、その男の子の言葉なんですよ。
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