神のみぞ知る
彼らはみなイラン代表選手の公開練習を観にきていた。今はまだ日本代表が練習中で、彼らは中に入れてもらえない。明日のチケットは手に入れたのかと訊くと、以前あまりにダフ屋が横行したため現在イラン人には当日券しか販売されていないという。中には今夜ここで夜を明かし、朝一でチケット売り場に並ぶという若者もいる。
待つことが苦手な若者たちは、門に高級車が到着するたびに寄ってたかって車内を覗き込む。たいていは日本の報道関係者で、顔をこわばらせてプレスカードを掲げ見せている。ある一台の車に若者が群がって気勢を上げている。訊くとイランサッカー協会の会長が乗った車だという。
あの人そんなに人気者なの?とそばのイラン人に訊くと、「まあ有名人ではあるけどね。連中はただ騒ぎたいだけだよ」。そんな彼らにとって、私という存在は格好の暇つぶしである。
「カワグチが指を骨折したらしいけど、ナラザキってキーパーはどうなの?」
「サントスは今回来てるのか。レッドカード2枚もらったはずだけど」
「シンジョウも来てるのか?」
新庄? 新庄は確か野球の……。
「違うよ、シンジ オノだよ!!」
さすが練習を見にスタジアムまで来るだけあり、対戦相手の選手のことまでよく知っている。
17時半、一台の大型バスが見えた途端、彼らの興奮は最高潮に達した。イラン代表選手を乗せたバスがようやく到着したのだ。手を振り、国旗を振り、絶叫する若者たち。
「イランの選手が到着したってことは、もうすぐ日本の選手が出てくる頃だな」
「そうしたらどうなっちゃうんだろう。怖いなあ」
「バスを襲ったりしないか心配してるの?大丈夫だよ。そんなことするんだったら、真っ先に君を血祭りにあげてるよ」
30分後、日本の代表選手を乗せた大型バスがスタジアムから出てきた。バスを取り囲んだ群衆は声を揃えて「イラン! イラン! イラン!」と拳を突き上げながらも、スモーク・ガラスの奥にヨーロッパリーグで活躍するナカタやナカムラといった馴染みの選手の顔を見つけようと必死になっている。その横顔に邪気はまったく感じられなかった。
「明日もこんな風に友好的でいてくれるの?」
私の問いに隣りの男は答えた。
「明日かあ。さあね、それは神のみぞ知る、だ」