イラン革命から26年。これまでの改革路線を踏まえ、イラン国民は何を想い、何を選択したのか。イラン在住の大村からのイラン大統領選挙ルポ。
4 《ハタミ政権8年の成果》
『新しい思考、新しい政府、新しい政策』
『新しい風、イラン人の明るい明日のため』
『実践主義者、改革者』
『国民と、新しい言葉で』
これらは改革派候補の選挙スローガンではない。上から順にレザイ、ラリジャーニ、カリバフ、アフマディネジャード各保守派候補のキャッチフレーズや選挙スローガンである。
彼らの政策は、『生活水準の改善』『雇用創出』『腐敗撲滅』『社会正義』の4点が判で押したように共通しているが、原理保守派のアフマディネジャード氏を除けば、内閣への女性登用やアメリカとの関係改善、外資の積極的導入など、およそ保守派に似つかわしくない政策も掲げている。なかでもカリバフ候補は『あらゆる組織を〈改革〉し、政治的、個人的〈自由〉を保護する』とまで言い切る。
あたかも改革派のようなこうした保守陣営の振る舞いに、当の改革派陣営は苛立ちを隠さず「国民を騙している」と非難する。裏を返せば、保守派はこうした言説を唱えなければもはや選挙に勝てないという認識があるのだろう。先の国会選挙でも保守派は議席確保のため衛星アンテナの合法化やアメリカとの関係改善などを叫ばざるをえなかったという。
ハタミ時代の8年では何も変わらなかった、というイラン人は多い。しかし果たして本当にそうだろうか。ラフサンジャニ内閣時代に初めてイランを訪れた筆者は、コミテと呼ばれる宗教警察が市民の生活をかぎまわり、欧米文化の流入阻止に当局が血道を上げているイランを見た。しかし10年経った今、若者は周囲をはばからず大音響でロックを聞き、テヘラン中心街の映画館では最新のハリウッド映画が上映される。路上で、公園で、婚姻関係にない若い男女が手をつなぎ語らう。「そんなものは本当の自由とは呼べない。本当の自由というのは……」と難しい話を始める政治青年もいるが、たわいもない日常の喜びすら禁止され、こそこそ隠れてやらなければならなかった時代の閉塞感や窮屈さが、ハタミ政権下でどれだけ緩和されたことか。
イランの政治改革は、改革派が叫び、保守派がそれを握りつぶして自ら実行に移すと言われている。一見、改革派に力の限界があるように見えて、実はかれらの叫びが国民の意識を育て、のちのち保守派が実行に移さざるを得ない状況に追い込んでいるとは言えないだろうか。ハタミ時代の空気を吸ったものは、もはや時代が逆行してゆくことを許さないだろう。そして、不採算な国有企業の民営化、地下資源開発への積極的な外資導入、さらに選挙におけるより民主的なプロセスを謳った『選挙法改正法案』や、憲法における大統領の権限を保障する『大統領権限強化法案』(いずれの法案も護憲評議会により却下)の成立等、ハタミ時代が成しえなかった政治的、経済的改革を、いずれ保守派主導で進めていくことが予想される。
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