玉本英子が取材現場から送る日誌。現在イラクで取材中
<サダム・フセインに会った!> 2005年12月27日
イランのクルド人監督バフマン・ゴバディの映画「亀も空を飛ぶ」は、日本でも公開され、高い評価を得た。イラク戦争直前のイラク北部クルディスタンを舞台に、戦争のなかに生きるクルドの子どもたちを描いた作品だ。
映画のなかで、地雷を掘り出し地雷除去チームに売る子ども、パショーを演じた少年を取材した。映画では片足が不自由で、松葉杖で走る姿が印象に残った。少年の本名は、なんとサダム・フセイン。彼の名前を聞いたときは信じられなかった。クルド人を弾圧し、迫害してきたのが、サダム・フセイン元大統領だからだ。クルド人の友人の誰もが、そんな名のクルド人はいない、と言う。映画関係者から聞いた地区の名前を手がかりに、彼の家を探し歩いた。
アルビルのはずれにある貧しい地区。道は舗装されておらず、ようやくサダムの家にたどりついた時には、靴もズボンも泥だらけになっていた。サダムは現在15才。生後9ヶ月の時にモスルの病院で打たれた注射が原因で右足が不自由になったのだという。
「映画で自分の人生が変わったように感じる。将来、映画の仕事がしたいな」と話す。
勉強が大嫌いだったという彼は、学校に行かず、読み書きができない。「名前くらいは書けるよ」とサダムは言いながら、私のペンとノートをつかんだ。二文字書いたところで「やっぱり書けないよ。わはは」。彼は照れながら笑った。
「サダム」という名は父親(2004年病気で死去)が名づけたという。サダムが生まれる直前、父親はフセイン政権と戦うクルド民兵ペシュメルガの協力者だという罪で、治安当局に捕まり、モスルの刑務所に入れられた。その恨みから生まれたばかりの息子にサダムと名づけたという。サダムという名前を忘れないようにと。
父親はその後の内戦で両目を失った。それでも食堂で働き続け、病気で倒れるまで2人の妻と子どもたちを養った。サダムが映画に出たことを喜び、自慢の息子と誇りにしていたという。紛争地の子どもを演じたサダム少年。彼自身も戦争のなかを生きてきた。そして、この地の人びとすべてに、それぞれのストーリーがあるのだ。
【映画「亀も空を飛ぶ」でパショー少年を演じたサダム・フセイン君。
木を組み合わせてつくった松葉杖を使う。】