ついでながら十年ほど前まで、台湾政府・社会は、モンゴルや朝鮮民主主義人民共和国の存在も認めていなかった。これらの国名や国境も、市販の地図から消されていたのだが、近年はしだいに現実的な政策が採られるようになり、沖縄に対する認識の変更もその一貫とみなすことができる。
台湾=中華民国は、このように中華帝国の幻の遺産を引き継ぎ、それを背負った国家装置であったということもできる。無論、住民の子弟にもそうした意識を植え付ける教育が徹底しておこなわれてきた。それが、今日、台湾人意識の成長を妨げる重要な要因になっていることは言を待たない。
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陳水扁総統の辞任問題で台湾中が揺れている。陳擁護派(民進党など)と辞任要求派(中国国民党・親民党など)の抗争によって台北市内は当分不穏な情勢が続きそうだ。台湾は歴史的に、テロや暗殺がきわめて少ない地域であるが、台湾そのものの存亡が問われている現在、不測の事態が起こらないとも限らない。次期総統と目される馬英九中国国民党主席には、いままでにない人数のSPがつき、総統府やデモ隊の警備も厳重になっている。
一方、最近の雨によって、中南部の山岳地帯では土砂崩れで道路が寸断され、孤立している原住民の集落が少なくないというが、倒壊家屋、死傷・行方不明者の数すらはっきりしない。政争による施政の弛緩が指摘される一方、マスコミの怠慢もはなはだしい。
それにしても、汚職の疑いで元首の進退が問われているというのに、その真偽を真摯に検証し、全体像をわかりやすく伝えようというジャーナリズムの不在。毎日毎日、テレビでは焦点の人物を各局が囲んでは立ったままインタビューするというスタイル(「囲み取材」とか「ぶら下がり取材」とか言われる)の無編集の画面、無責任な情報が24時間延々とたれ流されているばかりである。
台湾の不幸ここに極まれり。将来中国共産党が、台湾つぶしの功労者として一番に勲章を贈るのは、台湾のマスメディアに違いなかろう。
*地図は金時代文化出版有限公司発行「最新世界地図」より