爆音のない静かな空を
~厚木基地周辺住民、半世紀の訴え~<第1回>
詳細な目撃機数記録
8:50 AP1N 9:00 EP1N 52JJ1NH 55AP1N 59JJ1 NH......。白い紙の上に数字とアルファベットが並んでいる......。
遠くから金属音が聞こえてくる。テーブルの上の紙から目を離し、2階の窓の外を見る。軒を連ねた住宅の屋根と林立するアンテナ、電信柱、延びる電線、薄曇りの空。そして目を疑うような低空に灰色の機影が浮かんでいる。それはたちまち迫り、大気を圧する響きを放つ。
機首の尖ったジェット戦闘攻撃機がほぼ真上を突っ切ってゆく。空に亀裂が走ったような轟音が一気にかぶさり、耳をつんざく。荒立つ音の波が体の内まで揺るがし、硬い響きを引きずりながら過ぎてゆく。
「FA-18ホーネットですね。米空母艦載機です。飛行方向は北から南へ。これから着陸するのでしょう」
私の肩ごしに空を見ていた尾形齊(71歳)が説明する。2007年3月8日。ここは神奈川県大和市上草柳地区にある彼の家で、米海軍厚木航空施設(以下、厚木基地)の滑走路北端から北へ約1.7キロの地点、米軍機と自衛隊機の離着陸コースの下にあたる。
まるで暗号のような数字とアルファベットは、尾形が1998年6月23日から2004年10月31日まで毎日、6年4ヵ月余りにわたって記録した、米軍機と自衛隊機の目撃機数と機種(ヘリコプターも含む)を表している。
8:50や9:00などは時刻。AP、EP、JJなどは尾形が機種を見分けるために付けた記号で、プロペラのP-3C対潜哨戒機、プロペラの軽輸送機及び連絡機、ジェットの空母艦載機などを表す。記号の後の数字1は機数で、その後のアルファベットは飛行方向つまりNなら北、Sなら南を意味する。最後のアルファベットはさらに細かい機種の記号で、例えば9:52JJ1NHは、「午前9時52分に空母艦載機FA-18ホーネットが1機、北へ飛行」を表している。
厚木基地は神奈川県中央部の大和市と綾瀬市と海老名市にまたがり、面積は約510万平方メートル(横浜スタジアムの約200倍)で、2438メートルの滑走路がある。航空管制区域である半径9キロ内には、大和市、綾瀬市、座間市、海老名市、藤沢市、相模原市、横浜市、東京都町田市の市街地が含まれ、その範囲内の人口は約150万人にも上る。世界的にもほとんど例のない人口過密都市の中の航空基地だ。(文中敬称略)
つづく
<<<前 │ 次へ>>> 「爆音のない静かな空を」 <第2回>