消えた「中華民国」
【国慶前日の台湾総統府。その将来を象徴するように厚い雲がたちこめていた】
私は、台北県新店市というところに住んでいる。
台北駅から地下鉄で半時間の衛星都市である。日本の知人に、封筒の宛名についてよく聞かれる。
「中華民国台湾省台北県…」と書くのか、あるいは「台湾台北県…」でいいのかと。この質問に正確に答えられる人は、いまの台湾にはいない。おそらく郵便局も口を噤むだろう。
台湾の最高峰は誰でも知っている。「玉山」(ニイタカヤマ)だ。
しかし、中華民国の最高峰はと、きかれると誰にも答えられない。おそらく当地の文部大臣でも…。中華民国の定義が定まらないからである。
昨日10月10日は、ここ台湾では、「国慶」の大会と軍事パレードがおこなわれた。
中国の「国慶節」に対して台湾は「国慶日」、あるいはダブルテンという意味で「双十節」と呼ぶ(日本のメディアは「国」という文字を避けるために「双十節」のほうを好んで使う)。
この国慶とは「中華民国」の建国を祝うという趣旨である。1911年10月10日は、辛亥革命の起爆となった、清朝打倒の蜂起が初めて成功した日とされている。
これをきっかけに革命が成就し、アジア最初の共和制国家が誕生した、と日本の社会科では教えているが、華人の心中には、むしろ、満州人の支配を脱した中華民族栄光の日として刻印されている。
しかし、もともと台湾人と辛亥革命とはなんの縁もゆかりもない。なにゆえに、この台湾で、しかも台湾の自立・独立を標榜する陳水扁政権がこうした行事をおこなわねばならないのか、今年ほどその本質が問われた「国慶」はなかったといえる。
大会に先立ち、「国慶」のために全世界から集まった華僑たちの集会で、呂秀蓮副総統は、「中華民国」はすでに消失しているという趣旨の話をした。一部華僑の間からは、「中華民国万歳」という抗議の声があがった。当然である。
中華民国の建国を祝う集会で、その主催者が、その国家はすでにこの地球上に存在しないんだといっているのである。平然と聞いているほうがおかしい。さもなくば、このようなイベントに来るほうがおかしい。
「中華民国」が消失したというのには、三つの説がある。
一つは1949年の中華人民共和国成立時点、二つは1971年の国連脱退の時点、三つ目は1996年の台湾で初の総統選挙がおこなわれ、民選の総統が選出された時点、である。いずれを問わず、実質、現在においても、将来的にもこの世に中華民国なる国家が存在する余地がないのは自明である。
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