北朝鮮を読む 石丸次郎
劇場都市平壌には庶民が住んでいた!
【楽浪区域の大通り。夕刻が近づくにつれ、三々五々、人々が荷物を抱えて集まり始めた。退勤時間に合わせた物売りの群れである。07年8月末、リ・ジュン撮影】
10月初旬の南北首脳会談中に、世界に流れた平壌の映像は、これまで散々見てきたものとまったく代わり映えしないものだった。
盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領を迎えるために沿道に並ぶ動員された市民は(10万人ともいわれる)、着飾った服に造花を持って「マンセー(万歳)」を叫ぶ。
高層アパートをバックに、美しく整った街路を車に乗って移動するカメラは、凱旋門や千里馬銅像などの記念碑的建造物を時折写し出す。そして、10万人の子供を動員した世界最大の集団体操アリランの一糸乱れぬ様子。
金正日将軍の下に、人民は一致団結し、清潔で文化的な生活を送っている...。
このような演出目的があって、劇場都市に来る`お客様`に向けて舞台は作られている。
その舞台に向けてカメラを回している限り、平壌の普通の庶民の暮らしぶりや考えは、決して捉えることはできない。
演出された映像ばかりを見、不足する情報によって北朝鮮社会の分析を試みると、誤解と錯覚を蔓延させてしまう危険性がある。メディアの最近のそんな例を挙げてみよう。
「北朝鮮の国家戦略はすべて金総書記個人の手で練られる。(中略)対抗勢力はおろか不満分子が見つからないほど政権は安定している」(07年10月9日毎日、中国総局西岡省二記者)
「北朝鮮国民の大多数に支持されていると筆者は考える」(07年10月12日「週刊金曜日」佐藤優氏)
中国に脱出した北朝鮮人600人を取材してきた経験から言えば、北朝鮮国民のほとんどは不満だらけの中で暮らしているし、今の体制と政治が一刻も早く変わって欲しいと願っている。
だが、北朝鮮国内でこのような考えや意見を表明したり、外部世界に伝えたり、また外から垣間見てもらえる機会はこれまでほとんどなかった。
ビルマより数倍も閉鎖的で残酷な統制システムによって、民衆の声や考えや行動は匿され、押しつぶされてきたのだ。
しかし、実際には、内部では大きな変化が起こっている。その最たるものは市場経済の増殖である。
北朝鮮の民衆は、国家の統制に背いて商行為を横行させ、金日成ー金正日親子による首領絶対制が大きく揺らいでいる。
この注目すべき変化を、私は機会がある度に指摘してきた。
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