クルディスタン 山をおりるとき~(5) 文 玉本英子
アルジンは家族に何も打ち明けずに山に向かっていた。
バハルさんのとなりで私たちの会話を聞いていた父のケリムさん(42)が口を開いた。
「村を追われた怒りだけで、ゲリラになったのなら悲しすぎる。いまの状況をなんとかしたい、という娘なりの決断もあったのでしょう」
彼女が家を出た日の夜、「娘さんは家に戻ることはない」と、ゲリラのメンバーを名乗る女性から家族に連絡が入った。
「ゲリラに入りたいとは言っていたが、本当に山に行ってしまうとは思わなかった」
ケリムさんはそう言ってうつむいた。
アルジンの傍らには、いつもカラシニコフ銃があった。
この銃で何人の命を奪ってきたのか。これから何人の命を奪うことになるのか。
ゲリラキャンプを離れる前の日、アルジンはどんぐりをくり抜いてつくった小さなお守りを私にくれた。
「私が死んでもお守りは残るから、私のことを忘れないで」
彼女は私の手をぎゅっと握りしめた。ささくれだった彼女の手は温かかった。
トルコ政府はゲリラ拠点の攻撃を準備している。周囲には、トルコ軍、イラン軍、別のクルド勢力らが展開している。
戦闘がはじまれば、アルジンは再び前線に向かうことになるだろう。
はるか上空を、米軍の戦闘機が轟音をあげて飛んでいった。霞のかなたに、細い飛行機雲がうっすらと残っていった。 終
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(初出 04年)