面白いやつが現われたというように彼の顔をじっと見つめていた近所の女性が素早く答えた。
「『行くぞ部隊』っていうのは、私たち地元の者がつけた『労働鍛練隊』(注)の別名ですよ」
小柄だがどこか気の強そうな、背中に子供をおぶった母親のその答えをきっかけに、人々が次々と口を開いた。
「あいつら、獣のようなやつらだ!」

「獣なんていいものやないぞ」
「鍛練隊なんて、自分らで行けばいい!」
「『8.3』(職場を休みながら出勤扱いしてもらうための賄賂のこと)を出してるというのに、なんで連れて行かれるんだ?」
「意味ないやないか!」

「これを出せあれを出せと、まるで泥棒だ」
いっぺんに吹き出した不満の言葉に、妻の弟は驚いたようだった。

そうした中で、トクスを逮捕して行く正当な理由が、「行くぞ部隊」にはないという周囲の主張だけは、はっきり理解できたようだった。
実際、ここの人々の神経は、触ると弾けてしまうのではないかと思われるほど、ピリピリしていた。
工場では、やる仕事もないのに、従業員たちは普通通りに毎日出勤することを強く要求された。

労動者たちは仕方なしに出勤してはいるが、工場で生産できるものがないので、配給や賃金など、出るはずがないのである。
つづく

※注 労働鍛錬隊
国家の政策が立て続けに失敗してきた北朝鮮では、合法と違法の間のグレーゾーンがどんどん拡がっていった。
このグレーゾーンで活動をする住民たちを、思想改造、鍛錬という美名のもとに、裁判もなく無報酬で強制労働させる。

この者たちが臨時に所属させられる機関を「労働鍛錬隊」といい、各地の市、郡そして連合企業所に一か所ずつある。保安署(警察)の管轄である。
職場に出勤しない者、脱北して中国から送還されてきた者、「生活総和」と呼ばれる思想検討集会をさぼった者などが収容される。期間は普通1か月から6か月程度。環境は劣悪で死者が出ることもあるという。

鍛錬隊には、普通数百人程度の収容者が拘束されていて、「コッパック」「黒い雲部隊」「行くぞ部隊」などの隠語で呼ばれている。(石丸次郎解説)
資料提供:記者 沈義川(シム・ウィチョン) 2006年8月
(整理:崔真伊)

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