我が国の経済動向 5
「苦難の行軍」期の絶望と希望
石丸次郎:「苦難の行軍」の時期は大飢饉の印象ばかりが強烈だが、経済人として見て、朝鮮ではどんなことが起こっていたのか教えてほしい。
ケ・ミョンビン:「未供給」(配給途絶)という、国家権力の反倫理性のために起こった食料難、すなわち「苦難の行軍」の時期の社会惨状を言うならば、国家の無責任のために数百万の人々を餓死と放浪へ追いやり、はなはだしきは、食人現象(カリバニズム)まで発生することとなった。
そのような倫理の状態で、経済体系ももちろん破壊された。
預金者たちから信用をなくした朝鮮中央銀行の全国の支店は、実質上、全て破産した。
交通運輸網、電力網など、社会の物質技術的インフラも最悪の状態に陥った。
ほとんどの生産企業が盗難や略奪によって設備破壊、在庫損失を受けた。
支配人以下、全従業員が恒常的に共同して企業の財産を狙うのが企業文化、企業環境となった。
人民奉仕委員会傘下の産業と糧政(配給システム) が真っ先に変質・麻痺した。
リュウ・ギョンウォン:権力自体も腐敗した。国家行政体系だけを見ても、中央と地方の信頼は損なわれてしまい、中央は非常設の検閲組織(取り締まり組織)を地方に常駐させるか、あるいは頻繁に派遣してないと、もはや体制自体の維持も難しくなった。
それでも問題が発生した。問題がある地域に中央が派遣する「非社会主義的現象との闘争グルパ(グループ)」、いわゆる「非社グルパ」さえも現地の腐敗土着官僚たちに買収されたり、逆にワイロを要求して虚偽報告ばかりする違法行為が常習化していたる。
ケ:そればかりではない。軍人と保安員(警察官)は、補給物資が不足すると、自分たちの特権を利用して強奪や収奪するのは日常化している。
法的拘束を受けない保衛員(情報機関員)たちは、麻薬売買をしなければ、能力があると評価されないほどにまでなった。
その数は減ったけれど、この絶望的な状態でも、一部の幹部や党員には、互いを監視し密告する殺人的な体制に今でも包摂されたままだ。「赤旗を守り殉職せよ」と言う、血も涙もない組織の命令に逆らうことができずに服従しなければなせらないという、重たい社会の雰囲気は消えてなくなりはしなかったのだ。
しかし、よく見ると、苦難の朝鮮は、悲観的で絶望的なだけではなかった。
驚くべきことに、国家経済が破綻して国営商店は空っぽだが、市場ではむしろありとあらゆる品物が溢れるようになったのだ。
例えばこんな現象も始まっている。動かなくなってしまった列車の客に対しにて、洗顔用の水を売ろうと近隣住民が集まってくるのだ。(生き抜くために金を儲けようとする)民衆の知恵には、まったく感服するばかりだ。
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