アジアプレス・ネットワーク インタビュー
特集 イラク戦争 モハメッド(1)
フセイン政権崩壊から5年経ちましたが、いまもイラクは混乱が続いています。アメリカ軍の占領に対して人びとはどういう気持ちなのでしょうか。
フセイン政権の独裁下で暮らしていた人でないと、あの状況の苦しみはわからないと思います。アメリカであれ、なんであれ、独裁を倒してくれるのであれば、それを歓迎した人は多かったです。
私も、フセイン政権が倒れたときは、これで圧制から解放された、と思う気持ちがこみ上げてました。しかし、その後、サダム・フセイン像が倒される映像が、なんどもテレビで流されるようになって、悲しい気持ちがわいてきたのも事実です。
どう表現すればいいのでしょうか。米軍の戦車がロープをかけて引き倒した。なぜこれがイラク人ではなかったのだろうか、そういう思いのようなものです。
これまでアメリカはいくつものミスをおかしました。軍事的なミスに加え、政治的にも、文化的にもです。占領直後に、亡命イラク人たちをつれてきて政治家に据えたのですが、およそイラク人の支持を得ることのできないような経歴の人たちも何人もいました。
また、アメリカやイギリスに「亡命」していたという、私たちにとってはどこのだれだかも知らない人間がいきなり役所に配置され、宗派や政党のバランスということで、なんの経験も能力もない人が行政の要職に就きました。彼らの最初で最大の仕事が、自分たちの利権を獲得することでした。
最初から国の再建どころではありませんでした。外国からの支援、資金はこうした者たちのポケットに消えていきました。
軍事的なミスでは「不運」と割り切れないほど多くの命が奪われました。ミスのひとつひとつの代償がイラク人のいくつもの命であったのなら、それはあまりに悲しすぎます。そして、なによりイラク人自身が、問題を解決できなかった。
占領から5年が経ちました。それについてどう思うかときかれても、私自身はもう占領には慣れてしまいました。よくても悪くても。
日々の生活でせいいっぱいです。いちいちアメリカのことなんて考えるヒマも余裕もない。ほとんどの普通の市民もそういう気持ちでしょう。
スンニ政党もサドル派政党も「米軍即時撤退」などといいますが、では、明日から、どの政党が治安を回復して国を運営できるというのでしょうか。彼ら自身もわかっているはずです。すこしでも自分たちの権勢や利権を広げるのが彼らの目的だということを、イラク人はもう十分、見てきました。
いつかは占領は終わるべきだと思いますが、いまアメリカがいなくなったら、治安はむちゃくちゃになってしまいます。バグダッドをいまのような状況にしたのはアメリカですが、治安を回復できるのもアメリカしかないというのが現実です。私たちには、もう他に選択肢はないのです。
(続く)
<聞き手・構成 アジアプレス・ネットワーク 編集部>
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モハメッド(アジアプレス・イラク現地スタッフ)
バグダッド生まれのイラク人。大学卒業後、父の建設業を手伝い、貿易なども手がけてきた。自身はクルド人の家庭に生まれたが、クルド人の独立志向も、宗派対立も、占領も、抵抗も、冷めた目でバランスをとりながら見るようにしている。友人関係も、宗派や民族のへだてなく、幅広い。治安悪化で友人や親戚が次々とバグダッドを去るなか、現在もバグダッドにとどまっている。フセイン政権崩壊直後からアジアプレスの通信スタッフとして活動、現地で情報整理にあたる。外国メディアの協力者が拉致され、殺害される事件が相次いでいるため、名前は「モハメッド」としか明かせない。