第1章
自殺した自衛官とその両親が訴えるもの
組織の視点に立った判決
裁判で原告側は、「自衛隊内のいじめで精神的に追いつめられて鬱病になり、自殺に至ったことは、その言動からも明らかで、何ら対策を取らなかった自衛隊は安全配慮義務違反だ」と訴えた。
また、いじめを無くし、自衛官の人権を保障するためには、ドイツなどのように議会に属し強力な監察権を持つ軍事オンブズマン制度を導入し、外部から閉鎖的な体質を変えていく必要があるとして、同制度の創設を求めた。
「息子と同じような犠牲者が出るのを繰り返させないために」と佳子は言う。
一方、被告の国側は自衛隊の報告書を根拠に、「いじめの事実はなく、本人が技能不足に悩んだ末に自殺したもので、その言動も自殺を示唆するほどではなく、自衛隊側に安全配慮義務自体が存在しない」と主張した。
いじめの当事者と目された班長ら「さわぎり」乗員も証言台に立ったが、口々に「いじめ
はなかった」と語った。
公判やその他の手続きがある度に、夫妻は宮崎から佐世保に車で通い、4年間で23回に及んだ。
膨大な裁判関連の書類や自衛隊関係の新聞切り抜きなど資料ファイルも増え続ける。それらは、息子の遺影を飾った仏壇のある自宅の居間に、整理して並べてある。
2005年6月27日、判決が言い渡された。その要旨(人名だけ仮名に変えた)は以下の通りで、原告である両親の請求は棄却された。
「上官らに一部、鈴木秋雄を侮辱し、ばかにする不適切な言動があった。鈴木は上官らの発言によって精神的苦痛を感じていたと推察される。しかし、鈴木の仕事上の実力は芳しいものではなく、自衛隊員として艦の安全航行に関わる重要な作業をおこなう立場にある関係上、ある程度の厳しい指導・教育にさらされるのはやむをえない」
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