政府が高度な産業と国内需要のための産業を、適切なバランスで育成してこそ、労働力は再生産できるはずだった(大安のガラスは高品質で高い。貧しい今の朝鮮国内で必要なのは、低質でも安い製品だったが、南浦のその工場を大安ができるからと破壊してしまったことを指す)。
また、大安ガラス工場の労働者たちは技術をあまり学ぼうとしない。
企業に就職した労働者が、誠実な労働によって配分される報酬よりも、(工場の備品などの)窃盗によって手に入れるものの方がずっと実入りがいいからだ。まあ、窃盗といっても、幹部たちほど「恩恵」は大きくはないのだけれど。
それなのに、彼らがどうして骨を折ってまで技術を学ぼうとすると思う?
労働者の技術とは、誠実な作業をすれば評価を受ける労働文化・環境があってこそ、伸びるものだ。現在の朝鮮では、「ネズミの尾っぽ(雀の涙の意)ほどの賃金のために就職するくらいなら、職場を離脱してジャンマダンに出る方がいい」と言われるくらい、どうしようもない国営企業文化・環境ができあがってしまった。
石丸:国営企業の労働環境、労働者の待遇はどのようなものか?
ケ:現在下級階層の人々の個人の蓄え、つまり家計の余裕がゼロであるため、労働力を投下するとか、作った生産物を売ると同時に、それで得られた報酬をすぐさま支払いに回さなければ、自らの労働力の再生産と、家族の扶養が不可能になる。
ところが、職場に出勤してようやく受け取る月給は、請負制(一種の成果給)で平均四〇〇〇―五〇〇〇ウォン(二〇〇六年五月時点で、日本円約一六〇縲恣Z〇円ほど)とプラス固定食糧配給、それも出るかどうかわからない、いつも不安定な状態だ。
たとえそれだけの月給を受け取ったとしても、幹部や金持ちが買うタバコの数箱分にしかならない。
食糧配給も七〇〇グラムは名目であって、実質は五三九グラムほどしかない。国家統計を見ても、朝鮮の労働者世帯の人口一人一日当たりの食糧は平均四〇〇グラム位だ。
つまり、一食当たり一三〇グラムを食べていろというわけだ、副食もない状態で。
言うなれば、金持ちになった幹部たち既得権層が支配している国家が、貧しい労働者の食事を統制して量まで決めているというわけだ。
労働者が生命を維持して、職場で働くためには、生命体としての要求......生理的に必要な量をちゃんと食べさせてやるべきではないのか。
だから朝鮮では、「労働者に窃盗を強いる張本人は国家だ」と言われているのだ。
労働者だからといって、誰が窃盗を働きたい? 誰が職場を離脱して商売しながら生きたいと思っているというのか?
石丸:開城(ケソン)工業団地(注4)はどうなっているのか?
ケ:うちの企業所からも、開城工団に部下を視察に派遣した。帰ってきた彼によると、開城工団もさまざまな問題点を抱えているようだ。
最大の悩みの種が、工団内の止めようがない盗難だ。工団の従業員たちは、隙あらば毎日何か一つでも懐に入れて帰らなければ気が済まないといった状況だという。
それは朝鮮のどこででも見られる姿だ。工場で盗んだ品物を市場で売ってこそ就職した意味があるのだから。
工具なら工具、部品なら部品、資材なら資材。部品も毎日一つずつ盗み出して、最終的に完成品を一つ組み立てて売るというぐらいだ。
とにかく外国製はペンチ一つをとっても質がよくてジャンマダンで高値で売れる。朝鮮のペンチは一万ウォン未満なのに、韓国製は四、五万ウォンくらいする。
開城に来ている韓国の経営者たちが、このような文化にどう対処するのか本当に興味深い。私個人の推測としては、おそらく韓国の経営者の経済的打算のうちの一つが「人件費が安くて質のよい労働力」だと思うが、南北間におけるギャップや思い違いを、どのように解決するつもりなのかもまた興味深い。
石丸:開城の工場からどんどん物が盗まれていく有様には、北の経済幹部たちはがっかりだろう。
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