北朝鮮の洪水は人災そのもの
北朝鮮で、無残なまでに山の木が切られてしまっているのは、主に、煮炊き暖房用の薪として、つまりエネルギー源として木が利用されているからである。
山の木の乱伐がひどくなり始めたのは八〇年代の後半からだ。
もともと北朝鮮には豊富な石炭があり、かつては、冬には各家庭に一トン前後の石炭の配給があった。
それが、北朝鮮の経済破綻が深まり始めた八〇年頃から、掘削機械の老朽化と、外貨不足による機械設備の更新の滞り、水を汲み上げるポンプもまともに動かせない電力難、労働者の労働意欲の減退などで、石炭生産は減少していった。
人間が生きていくのに、毎日の煮炊きはどうしても欠かせない。石炭の代替品になったのが山の木であった。
さらに無理な伐採に拍車をかけたのが、集団農業の不振と食糧難であった。
北朝鮮の集団農業制度では、一生懸命働いても収入がたいして増えるわけではなく、旧ソ連・東欧諸国と同様に労働意欲が低下して生産が停滞する問題が起こった。
さらに、経済破綻によって肥料や農薬の生産が麻痺、外貨不足で農機具を動かす油の輸入が激減し、農業生産は八〇年代以降、年を追うごとに落ち込んでいった。
ついには、食糧配給の遅配欠配が常態化し、質的量的な低下が進んで制度そのものが麻痺するようになる。
すると人々は、山の斜面の木をさらに切って「隠し畑」を作るようになった。
北朝鮮の農地は共同所有であり、協同農場と国営農場が農業生産を担っている。農民たちは、家の周りの小さな自留地で自家消費用の野菜を作る程度しか、「自作」の余地はなかった。
ところが、前述したような経済破綻と食糧配給システムの麻痺によって、人々は自力で食糧の確保を迫られ、不法な山肌の開墾に踏み出すのである。
半ば個人財産のようになった山肌の焼き畑を、人々は大切に耕した。そこからの収穫は、民衆の大切な栄養源、収入源になっていったのだ。
北朝鮮の河川の多くは、今や水無し川になってしまっている。雨が降った時には水路となるが、それ以外のときは水がない、という河川が非常に多い。
木のない山が保水力を失ってしまい、雨が降ると、水は山の森に蓄えられることなく、そのまま川に流れ込んでいく。山の表土は流されて川に入って溜まり、川底がどんどん上がって水深が浅くなる。
こうして、いったん雨が降ると、川はたちまち増水して洪水を引き起こすのである。
北朝鮮の洪水は人災そのものだ。経済破綻しながらも改革開放に踏み切らず、でたらめなエネルギー政策、農業政策を続けてきたことに原因がある。
いまだに北朝鮮の食糧難や洪水の原因は天災だと語る人がいる。この態度は、北朝鮮の抱える構造的な問題から目を背けさせ、改革を遅らせる口実を与えることになっている。
このままでは、雨が降るたびに人命被害が出る事態が毎年繰り返されるだろう。不幸なのは、やはり北朝鮮民衆なのである。
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