何かまた個人的な使いでもさせられるのか思ってついて行くと、内緒で食べ物をくれたのだ。出て来てから分かったことだが、それは母の差し入れだったのだ。
仕事もきつく腹も減るが、私たちのような人間にとってもっと辛いのは、人間がだんだん卑屈になり、獣のようになっていくことだった。
「無報酬」に入れられたある冬の日のことだった。私たちは数人で早朝から凍てついた地面を掘ってある家の下水道作業をしていた。
北倉の冬は地面の奥深くまで凍らせる。仕事がきつい上、身を切るような寒さと空腹に耐えながらのことで、いくらやっても仕事ははかどらなかった。
昼休みになったが、「無報酬」からは食事も届けられなかった。その家の主人は「無報酬」の指導員だったので、私たちは仕事をしながら首を長くして昼飯を待っていた。

すると家人たちが食事を始めた。いくら「無報酬」だと言っても、指導員の家の仕事をしてやっているのだから、少しぐらい食べさせてくれてもよさそうなものなのに、自分たちだけ食べて私たちには何もくれない。
「俺たちにも少しは食べさせてくれるんじゃないか。俺たちだって人間なんだから......」
そう期待していたのだが、二時頃になっても、何の気配もない。

私たちは、本当に馬鹿みたいにひたすら働いた。そのうちに、その家の奥さんがちょっとは申し訳なく思ったのか、それとも主人が出かける時に何か言ったのか、トウモロコシを一握りずつくれたのだ。たったの一握りだ。
それだけ食べて、その日は夜になっても働いた。必ず工事を終わらせろと言うので、みんな歯を食いしばって働いた。
山あいの冬の日は短い。日が暮れて周囲は暗く、寒さが容赦なく飢えた体を締め付ける。

夕食時になった。飢えた体でどうしてもまた「もしや」と考え始める。人間というのは卑しいものだ......。
「夕飯ぐらいは、奥さんが出してくれるんじゃないか? 夕飯くらいは......」
ちょうどその時、工事をしている私たちの横で、奥さんが庭に埋めた甕からキムチを取り出して家の中に入っていくではないか。ああ、その匂い! もうどうにかなりそうだった。

「無報酬」に入ってからというもの、キムチの汁一滴すら口にすることが出来なかった。
思いがけなく個人の家で仕事をすることになったので、淡い期待を抱きつつ一生懸命に働いた。「もしや」と思い続けていたが、とうとう九時になった。
暗くて寒い外で自分の家の仕事をしてもらっているというのに、自分たちは暖かい部屋の中で食事しながら、仕事をしてくれた者に「これ食べて」の一言もないとは......。
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