ある地区での出来事だ。
月末になるというのに、その月の電気使用料を払わない家があって、人民班長は困りきっていた。
いつも人民班長の家の周りをうろうろしている世帯主班長(注1)が、ちょうどその話を聞きつけた。
人民班長の家では夫がロシアに木材伐採の出稼ぎに行っているため、時に男手が足りず、いろいろ手伝ってもらうことがあった。
「電気代を出してないのはどの家ですか?」
「二軒先の家なのよ。すごく頑固なんだから。あの家から電気代もらうのは絶対無理だわ」
「そりゃあ困りましたねえ」
人民班長はかぶりを振った。若い除隊軍人である世帯主班長は、逆に意気揚々として、人民班長に向かって断固たる調子で言った。
「行きましょう。私が払わせてみせます!」
彼は人民班長の手を取ると、件の家に向かってスタスタと歩いて行った。家の前に着くと二人は同時に玄関の戸をドンドンと叩いた。
「ああ、どうぞ。班長のおばさん、また来たのかい?」
家の中からしわがれ声が聞こえた。二人はドアを開け家の中に入った。
かまどの向こう側のオンドル部屋で、家の主人が昼間なのに布団を敷いて寝ていた。
人民班長をその場に立たせたまま、世帯主班長は老主人の前につかつかと近寄った。
主人は落ち着いた表情で目をじっと閉じていた。世帯主班長は改めて声の調子を整えた。
「えー、ご主人、我々の社会で電気を使ったり水を飲んだりしたら、料金を支払わねばならないのではありませんか」
若い世帯主班長の礼儀正しい言葉遣いに、主人の表情が和らいだ。
「私だってそんなことぐらい分かってるよ」
老主人の答えに気押しされることなく、世帯主班長は頑として立ち続けていた。すると、その老主人は、横になったままさりげなくポケットに手をやった。
「金もあるしね」
世帯主班長の目がきらっと光り、老主人が金を取り出したらしっかり受け取ってやろうと、両手を前に差し出した。
すると、老主人は二〇〇ウォン紙幣をポケットから取り出し、世帯主班長の目の前に突き出した。
「さあ、しっかりと見ただろう?」
そう言うと、老主人は、その金をまたポケットの中に入れてしまった。
あっけにとられた世帯主班長は、つい、「はい、見ました」と答えてしまった。
様子を見ていた人民班長は、やれやれ見てられないといった面もちで顔を背けてしまった。
主人がぶつぶつつぶやくと、世帯主班長も、その言葉に続いてぶつぶつ言った。
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