第3章
日本陸軍の国家総力戦研究と「人的資源」
全国民を管理統制下に
「調査委員会」による成果を体系化したのが、『欧州交戦諸国ノ陸軍ニ就テ』である。1917(大正6)年に出たその第2版では、「国民動員」と「工業動員」という概念が導き出されている。まず「国民動員」は次のように定義されている。
「国民動員ト称スルハ戦争遂行ニ最有効ナル如ク一国ノ全人員ヲ統一使用シ得ルノ状態トナスヲ謂〔イ〕フナリ」
「全国民ノ使用権ヲ政府ノ手ニ収メ、且〔カツ〕国家若〔モシク〕ハ国民ノ事業ヲ戦争遂行ニ必要ナルモノト否サルモノトニ二ニ区分シ、後者ニ属スルモノハ全然之〔コレ〕ヲ中止セシムルカ若ハ大ニ之ヲ縮小セシメテ従来之ニ従事セシ人員及無職業者ヲ前者ニ注入シ、茲〔ココ〕ニ人員ノ余裕ヲ得テ其ノ強壮ナル者ハ之ヲ戦闘員ニ加ヘ、否ラサル者ハ之ヲ適当ナル後方ノ軍務ニ使用セムトスルモノナリ」(「国家総動員研究序説」山口利昭著/『国家学会雑誌』第92巻第3・4号 1979年)
つまり、政府が全国民を管理統制下に置き、国家機関や民間の各事業を戦争遂行に必要なものと不必要なものに分けたうえで、不必要なものは中止もしくは縮小させ、そこで生じた余剰人員と無職者のなかから強壮な者を戦闘員にし、それほど強壮でない者は後方で軍需工場や軍需品輸送などの業務に就かせる、というわけである。
また「工業動員」については、「其ノ国内ノ全工業力及工業用資源ヲ統一組織下ニ一貫セル方針ヲ以テ戦時ノ要求就中軍需品補給ノ目的ニ適スル如ク糾合掌握スルニ至リ」と、参戦各国の状況を述べ、「工業動員」を掌握する国家機関として軍需省などが各国で設立されたことを指摘している。
『総力戦体制研究』によると、「国民動員」と「工業動員」を含む国家総動員の概念が明らかになったのは、1918年に出た第4版(『参戦諸国ノ陸軍ニ就テ』と改題)からである。
「国内ノ有ラユル諸資源、諸施設ヲ統制按配シテ之ヲ戦争遂行上最有効ニ使用シ得ルノ状態ニ移セリ、所謂〔イワユル〕国家総動員ナルモノ即チ是ナリ」
とあるように、国家総動員とは国内のあらゆる資源を統制して戦争遂行のために有効に使用することだ、と定義されている。
そしてこの第4版では具体的に、「兵員資源の捻出、戦時必須労力の供給補充を目的とした国民労役制度の創設によって、徹底的に国民動員を実施するもの」とした。
「そのためには、婦人の動員、老幼男女や不具癈疾者の利用、俘虜の使役、国外労力の利用、抑留普通人の交換の施策によって人員資源の確保充実を図ること」とした( 『総力戦体制研究』37頁)
また、陸軍では国家総力戦に備えた研究を「調査委員会」以外の部局でもおこなっていた。そのうち参謀本部総務部第1課(編成・動員課)が、1917年にまとめた報告書、『全国動員計画必要ノ議』でも、具体的に研究すべき事項のひとつとして、「戦用諸資源(人、馬、物件ノ全部ニ亘〔ワタ〕ル)ノ調査」を挙げている。 ~つづく~
(文中敬称略)