深夜の共和制宣言
投票のために、議場に入るすべてのドアが閉められる前に5分間ベルが鳴る。ベルが鳴り終わったあと、議案に「賛成」の議員は左手の部屋で投票を、「反対」の議員は右手の部屋で投票をすることになっていたが、右手の部屋に行く議員は見当たらなかった。
記者たちの目を引く"事件"が起こったのは、ほとんどの議員が投票をして戻ってきたあとのことだった。私も、たまたま、その一部始終を見守っていたのだが、それは議会場の前列、写真記者が大勢陣取っていたすぐ前で起こった。青いサリーを着た女性議員が突然、自分がはいていたサンダルを手にもち、男性議員に殴りかかったのである。私は、女性議員が「あなたが私の夫を殺したのよ」と叫ぶのも耳にした。
女性議員はスルケット郡選出の統一共産党の議員カマラ・シャルマ。殴りかかられた男性議員は比例代表で議員となったネパール会議派の元内務大臣プールナ・バハドゥル・カドカだった。シャルマはスルケット選挙区から立候補していた夫が選挙の二日前に殺害されたあと、急きょ、夫の代わりに立候補して当選した議員だった。統一共産党はこの殺害の背後に、同じ郡の政治家であるカドカがいると主張していたが、真相は明らかにされていなかった。
事件のあと、すぐ近くにいた議員たちがシャルマを取り押さえたが、国内外の何百人もの記者団だけでなく、カトマンズ在住のほとんどの各国大使ら外交官や要人が大勢見まもるなかで殴りかかられたカドカ元内務大臣は、かなりプライドを傷つけられたようで、怒った様子で統一共産党のジャラナス・カナル書記長のところにいって抗議を始めた。
この事件を見ていた記者のなかには、「カマラ・シャルマはよくやった」と、彼女を支持する発言を堂々とする人もいた。神聖な議会の場で起こった突発事態を「各国大使はどう思うだろう」と懸念する人もいた。私はもちろん、前者に賛成する。
投票が終わったあと、すぐに票の集計が行われた。議長が結果の発表をしたのは午後11時25分。賛成が560票、反対が4票。圧倒的多数で共和制実施の議案は制憲議会を通過し、ネパールは連邦民主共和国となったのである。結果が読み上げられた直後、拍手を始めた議員たちに加わって、記者席や外交官席にいた人たちも立ち上がって拍手を始めた。私も思わず立ち上がって拍手をしていた。
この夜、ネパールは240年間におよぶ王制に終止符を打ち、共和制に移行した。これから制憲議会の場で、新生ネパールのための憲法が制定されることになるが、この先に待っている道は決して楽なものではない。それでも、ネパールの人たちが諦めることなく、自身の国を築き上げることを見守っていたい。
(了)
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