[柳本通彦] 台湾海峡天氣晴朗なれど No64~「シンデレラ」4
【十年ほど前まで台湾各地に見られた「大陸領土奪還」のスローガン。現在、台湾は企業力による対岸制覇をめざす】
陳水扁一家は政治の表舞台から去った。しかし、われらのシンデレラはあいも変わらずカメラに追いかけられている。
ご亭主が外国に会社をつくっていた! マネーロンダリングの抜け道だったのではないか? 車椅子の母親が骨折! 整形外科医の婿殿が診察にくるの? 父親の陳水扁が初めて被告として出廷したところ、市民に腰を蹴られた…など「事件」がおきるたびに、彼女にはマイクの束が向けられる。
ただそれは彼女の声に耳を傾けようというのではない。その過激な反応を楽しんでいるにすぎない。
被告の身のご亭主とは、台北と台南に別居を余儀なくされている。しかし決して、離婚の「り」の字も口に上らせない。それでは一家の犯罪を自分で認めたことになる。彼女の意地である。
シンデレラは「台湾」を相手に独りでがんばっているのだ。
2000年、総統選挙で、有権者は「台湾独立」を求めて民進党=陳水扁に一票を投じたわけではない――。それは了解していても、陳水扁のような人は一定の覚悟を持って総統の座についたのではないか、といった期待はあった。
一つの国を独立させるということはたいへんなことである。まして相手は世界最大の帝国「中国」。尋常な覚悟でできることではない。
しかし、八年を経て、みんなが被告席に座ってしまったこの総統一家の行状をみていると、総統本人も含めて、この家族にそうした覚悟があったとはとてもみえない。
往時、我々はとんでもない幻想を持ってしまっていたのかもしれない。
陳水扁のご長女は、忍従の少女期を過ごしてきたと書いた。それが彼女の政治嫌いの原因ともなっていよう。
2000年前後のしばしの平穏で幸福な時代を経て、いま彼女はいままたいっそう忍苦の日々に追い込まれている。しかし、身勝手な世間や軽薄なメディアに果敢に挑戦する彼女からは台湾人のしなやかな強さも見えてくる。がんばれ!という声もかけたくなるのである。 (おわり)