そう言いながら入ってきたのは、金日成社会主義青年同盟中央委員会傘下の銀星会社の課長をしている弟だった。
人民軍を除隊後、骨董品商をすると言って、全国各地を忙しく駆け回っていたが、今では平壌でも名の通った存在となった。弟はいかにも商売人らしい臭いをプンプン漂わせていた。
「フン、女どもはまったく。姉貴、それ、偽ドルじゃないのか?」
弟の話など上の空でドルの札束を一生懸命に数えていた姉が、弟へと向き直った。
「女だから、どうしたっていうのよ? ちょっと商売がうまくいってるからって生意気な口きいて。それはそうと、偽ドルって何のこと? いやなこと言うわね」
ちょうど仕事から帰った夫の検事がこの様子を目の当たりにし、慌てて妻にこう言った。
「お前、それちょっと見せてごらん。このところ偽ドルが出回ってるらしいぞ。今日、上から指示が出たところなんだ」
三人の視線が空中でぶつかった。唇の薄い検事の妻が甲高い声を上げた。
「ええっ! じゃあ、これが全部紙くずだってこと? そんなの嘘でしょう」
姉に向かって声を張り上げそうになった義弟を制止しながら、検事が声を潜めて言った。
「シーッ! 声が大きい! 偽ドルを流通させたり、扱ったりする者は容赦なしに全部捕まえてしまえという指示が下りたんだ。早く偽物を選り分けて、燃やしてしまわなければ」
骨董商をしている妻の弟が、額に青筋を立てながらぶつぶつとつぶやいた。
「わが家の収入源は他には骨董しかないのに。燃やすなんてもったいない。本物に混ぜて外国で使ってしまえばいいのに」
心臓が引き裂かれるような気持ちの検事の妻は、突然キッとなって開き直った。
「なんで燃やさなきゃならないの?骨身を削って稼いだお金なのに。ちょっとお前、偽ドルが含まれてたら、七〇%の値段で買ってよ」
「考えてみるよ」と、弟は答えた。
すると、検事は妻の弟に詰め寄った。
「お前、本当に青年同盟で仕事しているのか? お上の怖さが分かってないな。偽ドルを横流しして、うちのやつの分まで七〇%で売って一儲けしようってのか? まったく、お前ら、『政治』の『せ』の字も分かってない」
顔色は青ざめたままだったが、妻の弟は、肝が据わってきたのか、落ち着いた口調で言った。
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