「結局、お金とあのおちびさん(注1)がすべてなんだ。そうでしょう義兄さん? 骨董品商売をするということは、戦場で銃をもって戦うようなことなんだ。僕は太く短く生きますよ(注2)。金の臭いのするところなら、地獄にだって行きますよ。墓を掘って出る骨董品(注3)なんてもう当てにならない。これからは偽ドルがいちばん金になる時代なんだ。もう後戻りはしたくないんですよ」
二人の会話を聞いていると、検事の妻は恐ろしくなって何も言えなくなった。日本の一万円札を一枚使うにもぶるぶる震えていた三階の「ジェポ」が急に羨ましく思えてきた。
出身成分(階層)は良かったものの、どうしようもなく貧乏だった検事の妻は、子供の頃はもちろんのこと、この家に嫁いで来てからも、いつもひもじい思いをしていた。いつ家をのぞいても、油や果物のいい匂いが絶えずしていた「ジェポ」の暮らしぶりが、実に羨ましかった。
そして、それをいまや越えられると思った瞬間、恐ろしい虎が目の前に口を開けていたのだ。
「ああ、まったくお金ってやつは……。前世で何か罰があたるようなことしたのかしら。どうしていつもこうお金に縁がないだろう……」
検事の妻は胸に抱いていた札束をオンドルの焚口のほうに放り投げると、くるりと背を向けた。急に全てが空しくなった。
「お金を取り上げられたら、私は何を楽しみに生きていけばいいの?」
彼女はしょんぼりしてしまった。だが、しばらくすると、何があっても金を稼いでやるぞ、という覚悟が腹の底から突き上がってきてた。
「そうよ、弟の言うとおり、太く短く生きればいいのよ。あの『ジェポ』を、一度は私の前にひざまずかせてやるわ」
検事の妻は、夫の視線にお構いなしに、散らばった札束をまたひとつずつかき集め、赤い絹のカバンの中に押し込んだ。そんな彼女を見て弟がニコリと笑った。弟の応援が嬉しかった。
しかし、一方で検事の妻の脳裏には、納得のいかない気持ちがかすかによぎった。
「なんで、私はこんなに必死になって、やばいやり方で金を稼ごうとするのだろうか?」
資料提供 リュウ・ギョンウォン
二〇〇六年二月
(整理 チェ・ジニ)
注1 一九七〇年代の初頭から金正日につけられたあだ名。
注2 一九八〇年代から若者の間で流行した言葉。たとえ短い生涯であっても、違法な商売で儲けて贅沢をして生きてやるという欲望が込められている。
注3 一九八〇年代には全国の墓地で金歯までも盗んでいく盗掘が盛んに行われた。
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