社会に日本の中古自転車ブーム(注2)、ビデオ録画機ブームが起こったのは、まさにこの「苦難の行軍」期間ではなかったか。当時、日本の自転車は、平均賃金の八年分もしたけれど、ジャンマダンで金を手に入れた人から乗り始めたではなかったか。
今まで朝鮮の食糧配給政策は、全国民動員国家を支える本質的な制度(注3)であった。人間の経済活動を政治的に統制するため、国家が食糧を統制の手段にしてきたのだった(食糧をやるから言うことをきけ、という制度だったの意)。

そんな国家が、結局は食糧配給を途絶させてしまったわけだが、糧政を根拠にした全国民への統制力は、この時から無効になってしまったのだ。権力自体の質が変わったと言えるかもしれない。
しかし、保守的な上層部は、旧時代の惰性に従っていまも統制を押し通そうとしている。でも、その統制力は、ハリボテのようになってしまいつつあるわけだけれども、力を維持したい少数の上層部の要求に、それでも答えようとする先軍政府は、古い制度を復活させようと動いて、歴史の歯車を後退させようとするのだ。

つまり、食糧専売制なるものは、新しい市場経済を旧時代の政治手法で操ろうとしものだといえる。
石丸:延命をはかろうとする保守的な特権層のあがきということか。
ケ:その通り。それではどうして、権力は過去の復活にそれほど執着し、思い切った改革ができないのか。
悲しい事だが、経済がきれいさっぱり破壊されてしまった今ほど、簡単に改革できるチャンスは、歴史上もう来ないのではないか。戦後(朝鮮戦争後)に協同化が容易に推進されたように。

しかし、経済改革を阻む保守勢力は、どのみち現在の情勢下では、時代と歴史の流れ、世代交代の流れに押し流されてしまう存在だ。なんとか最後まで抵抗しようとしているのだが、もちろん、彼らにだって、まだ改革を主導していくか、徹底して阻むかという選択の余地が残されている。その選択によって、歴史の主人として生き残れるか、そうでないかの地位も決まるだろう。

我が国は行き詰まっている。改革をしようとするならば、それに見合った力がなければならないし、一方、保守勢力が政権を維持するには、必要な財政がなければならない。そうでなければ軍隊を食わせて軍需産業を支えることはできない。
現政権は、そんな財力さえないので、赤字企業だろうが零細農村だろうが、飛びかかっていって収奪的な方法で取り立てていく。そのやり方はますますひどくなり、社会から全く信用されなくなっている。先軍政府は、企業所に「自分たちで稼いで食っていけ」と言っておいて、少しうまくいくようだと「将軍様命令」ということで、どっと押し寄せて来てなんでもかんでも奪っていく。

こんな具合に、無知で国家にあるまじき大型収奪が、社会経済を抑えつけて悪循環に追いこんでいる。このことについての責任を、国家の上から下まで誰も感じていない。国家の自殺行為以外の何ものでもない。
(つづく)

注1 糧政 食糧配給制度を統括する機関、または国家政策のこと。
注2 朝鮮の公共交通は劣悪である。エネルギー難と老朽化で列車・バスの運行は九〇年以降でたらめになった。一方で生き抜くために商売をしなければならなくなった民衆は、あちこち移動する必要が生じた。
日本で中国製の廉価な自転車が普及し大量の放置自転車が生まれると、朝鮮の移動手段の需要と日本の供給能力がうまくかみ合って、中古自転車が朝鮮に輸出されるようになった。市場で自力で現金を手に入れた人々は、この便利な移動手段を手に入れて、さらに熱心に商売に励むようになった。
注3 戦時でもない平和時に、全国民を動員することができた力の源泉のひとつが食糧配給制度だった。カロリー源の供給を国家が一手に握るこの制度によって、「食わせてやるから言うことを聞け」という動員システムが可能になった。まるで家畜に飼料を与えるように、同じ食べ物を国民に与え、言うことを聞かせたわけだ。

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