「ただ自分たちの権利である"自由"を訴えていただけだ。それだけなんだ。弁護士会や医師会も参加しているような集まりだ。
それなのに、警察、特にCRPFのような乱暴な連中が人びとを催涙弾で追い払った。ただ僕たちは"自由"と民族自決権が欲しいだけだ。
イスラム教徒であるとか、そうでないという事で喧嘩がしたいわけではない。ただ"独立"が欲しいんだけなんだ」と近くの商店の店員らしき男が訴えてきた。
またもう一人の男が警官たちに棒で酷く殴られている。
よく見るとヤシン・マリク氏だ。彼は病気を抱えているため、実は体はあまり強くない。
仲間の活動家たちに守られながら、警察に逮捕された。
正直、当局のこの一連の対応は、この市民による独立運動にどう対処していいのか苦慮しているのが、窺がえた。
取り締まれば、さらに独立運動の火が点いてしまうのだが、かといって放っておくこともできないのだ。
若者たちはJKLFの本部があり、カシミールのウエストバンクとも呼ばれるマイスマ地区逃げ込み、投石を始めた。
この日はもともと金曜日ということもあって、カシミールの各所で抗議デモが繰り広げられた。
抗議はその日の断食が終わるイフタール(日没)まで終日行われた。
この日全カシミールで2名が死亡し、150人が負傷。内25名が発砲によるものだった。