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【当初、取り締まる側にも緊張感はなかった】(撮影:広瀬和司)

このような若者の集団による投石は、スリナガルではよくあることだ。そして、もし、その気になれば、人数をかけて逃げ道を塞いで包囲するだけで、警察は簡単に一網打尽にすることができる。

しかし、警察はそれをしない。それは、この投石行動が、不満の溜まった若者たちにとって、ガス抜きになっていることが分かっているからだ。

この日の投石も何かどうしても抗議しなければならないことがあったわけではない。不謹慎を承知で言わせてもらうと、これは警察と若者の暗黙の了解の下の、危険なゲームなのである。

実際に取り締まっている警官たちを見ていても、自分たちに危険が及ばない限りは、また始まったな、という感じで笑顔で談笑しており、緊張感はない。せいぜい数時間相手をしてやれば終わるだろう、という感じである。だが、この日はゲームでは終わらなかった。

2時半ごろになって、写真も充分取れたし疲れたので、3時になるまで新しい動きがなかったら帰ろうとしていた矢先のことだった。突然、警官隊と若者たちの間に空白ともいえる大きな距離ができた。すると、若者側から何か叫んだかと思うと、それまで警官隊側にいたカメラマンたちが一斉にその声のほうへ向かって走り出した。

聞くと、一人の若者の心臓にゴム弾が直撃し、死んだというのである。これまで、私は幾度となく同じような小競り合いを見てきた。実弾を使っていたわけではなく、死者が出るのは全くの予想外のことだった。

死んだ若者の名はジャヴッド・アフマッドさん(20)。乗り合い自動車の運転手をしており、一日前に冬の州都ジャムーから戻ってきたばかりだった。この日は胃の調子が悪く、家の玄関の前で投石の様子を見物していたところを被弾した。

彼の死はすぐさま知れ渡り、広場はあっという間に千人単位の人びとで一杯になった。すると「どこのメディアだ!」という声が私に頻繁にかかる。日本だ、と言うと「いいか、インドがいかに簡単に人を殺すかわかったか!投石していただけなんだ。なんで殺されなければいけない?それを伝えるのがお前の役目だ!」と興奮して叫ぶ。

「でも、殺したのはカシミール警察のカシミール人でインド人ではないだろ?」と私が尋ねると、「それはわかっている。彼らは金のために魂を売り渡したんだ。インドの命令で動いているのだから、一緒だ」と意外にも冷静に答えてくれた。

しかし、雇用が慢性的に不足しているカシミールでは、警察官は安定した収入が見込める魅力的な仕事だ。石を投げる側も抑える側も、社会の階層のなかでは立ち位置はそんなに変わらない。石を投げる側が、家族を養うため、と警察官に転身することだってある。
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