だが、南朝鮮の発展した様子を耳にするうちに、少しずつ理解できるようになった。これは、個人の自由が保障され、何よりも、自由に話す権利、言論の自由があるためなのではないか。朝鮮では、上の人間がわれわれのような庶民の顔色を窺うなんて、大変なことで、どうやったってできそうにないと考えてしまう。

《我が党は、なぜ人民たちが韓国のラジオ放送を聞かないよう厳しく統制するのか? 国家は、なぜ外国のビデオを自国民に見せないようにするのだろうか?》
私はいつの頃からか、こんな疑問を少しずつ抱くようになった。

朝鮮の少なくない人たちは、他の国でも外国の情報をシャットアウトしているに違いないと思い込んでいる。一方で、《おいおい、よその国でも朝鮮と同じようにしているなんて、そんなアホなことがあるか?》と考える人も増えていると思う。

なにしろわが朝鮮では、将軍様の「方針」に従えば従うほど、暮らしが悪くなるではないか。他の国が朝鮮と同じようにしているのかどうか疑問を持つのは自然なことだ。

こんな環境の中で、自力で生きていくために商売でもしようとするなら、保安員に賄賂を渡し、保衛員に賄賂を渡し、職場長に賄賂を渡さなければならない。あちらこちらに漏れなく賄賂を渡して、やっと何日か、商売のために動く時間がもらえるのだ。

我が国では長い時間、上の人間の言う通りに生きてきたため、社会の道理を理解するのにちょっと融通の利かない面がある。さらに深刻なのは、人間としての尊厳まで多くの人が喪失していることだ。人間として生まれたことに対する誇り、堂々とした気持ちが失われてしまったのだ。
こんなわれわれが救われる道は、自由を手にすることしかない。せめて自由にものが言えるようにならなくてはならない。
(おわり)
(整理 チェ・ジニ)

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