三人の息子は後継者になれない
日本では、ポスト金正日体制の考察を、〈三人の息子〉の中の、いったい誰が選ばれるのかという〈世継ぎ〉問題に矮小化しすぎである。
金正日は唯一の独裁統治者の地位を父・金日成から受け継いだ。
そうだからと言って、息子のうちの誰かが〈三代目〉となる、と予測するのはあまりに貧相な分析だ。
結論から言えば、三人の息子のうちの一人が「唯一の指導者」の座を継承することはもはや不可能、もしそのような動きを見せても結局失敗する、というのが私の見立てである。
金正日が世襲後継したときと今とでは、国際環境も、国内の状況もまったく異なるからだ。
金正日が金日成から権力を後継する作業を始めたのは70年代前半の冷戦期であった。
一党独裁で閉鎖的、非民主的な国家郡が、資本主義国家郡と正当性を競い合っていた国際環境だったからこそ、金日成は半世紀も独裁者でありえたし、社会主義陣営は親子世襲という無茶にも目をつぶり、政治的・経済的に援助を続けて体制を支えてくれた。
北朝鮮が冷戦の最前線で資本主義陣営と対峙していたからだ。
しかし、今は違う。
北朝鮮と共通の利益を持ち運命を共にしようという陣営は消滅した。
それどころか、90年代後半には200-300万人もの餓死者を出し、内外から体制の正当性を喪失してしまっている。
権力世襲を支える国際環境は存在しないのだ。
そもそも「唯一の指導者」の座を継承するとはどういうことなのか。
継承するのは労働党総書記、国防委員会委員長(あるいは国務総理)、軍最高司令官などのポストだけではない。
金日成の祖父の代からの「革命的家系」という捏造された数々の神話を、引き続き伝承していかねばならない。
隠匿されているであろう莫大な金正日の個人資産は譲り受けるだろうが、それとともに、破綻した国家経済、対外債務も引き継がねばならない。
さらに、核・拉致などによる国際社会との緊張も、「世界最悪の人権蹂躙国」という不名誉極まりないレッテルも、お腹をすかせて怒りと不満を募らせた2千万の民も引き継がねばならないのだ。
これら〈先々代からの負債〉を精算、改善させていこうとするなら、これまでと違う新しい指導思想・理念を持つことが必須だと思われる。
国を開いて経済を改革し、人権に配慮する志向を持つ理念だ。
だが、あまりに硬直した社会・政治・経済システムによる自縄自縛の状態が、それを困難にしている。
硬直性それ自体も、〈負債〉だといえよう。
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