もうひとつ押さえておきたいのは、外国から朝鮮に送られてきた穀物の導入形態が、貿易であれ、人道支援であれ、借款であれ、一般民衆がそれにアクセスできるのは、もはや配給所ではなく市場であり、それらの穀物が最終的に市場に至るまでには、複雑で混乱した経路をたどるという点だ。
つまり朝鮮に対する外国からの支援は、「食糧へのアクセス権」の平等化という当面の課題(配給システムの復旧強化がその方策の一つ)と、朝鮮を市場経済体制に誘導して軟着陸させるという戦略的課題(米の市場流通を促す)とが、常に競合してしまうという矛盾にぶつかってしまう。
筆者の考えでは、対北朝鮮支援を巡る韓国内の意見の対立に現れている矛盾がまさにこれではないかと思う(食糧難緩和のために、とにかく大量に送れという意見と、市場を育てるべきだという意見)。
また「都市型飢饉」だとか、「市場アクセスの悪い農村」だとかという画一的な分析も、内部の実情とは大きくかけ離れている。なぜなら個人の「食糧へのアクセス」に対する国家の影響力がより強い農村や軍需工場、鉱山や炭鉱といった地域ほど、困窮度が高いと思われるからである。
外国では裕福だと考えている平壌市ですら、「食糧へのアクセス」に対する国家の影響力が強い「潜在的な困窮地帯」に含まれるのだ。
直接的な食糧問題ではないが、平壌で冬を越すのは容易なことではない。平壌市民の家で真冬に一週間以上を過ごした外国人はそう多くはないはずである。
(つづく)
注1 「非社検閲」とは非社会主義的現象に対する検閲(取り締まり)の略語。
現在、朝鮮はその概念が不明確な「われわれ式社会主義」という指導理念を打ち出し、崩壊した経済と社会を回復させようとしている。そのひとつがこの非社検閲だが、これは司法機構によって行われるのではなく、危機管理が必要だと認められた地域に中央から一定期間派遣される危機検閲グループが中心となって行っている。
注2 銀行があっても意味をなさないほどにまで悪化した経済状況のもと、政権への信頼が失墜した朝鮮社会では、これと似たような秩序の危機的状況は九〇年代の苦難の行軍の時にもよくあった。
注3 一九八四年八月三日に金正日が「工場内や地域に生活必需品を作る作業班を設けて、直売店で販売できるようにせよ」と、計画経済の枠外で消費物資の生産と流通を指示した。しかし、粗悪品、不良品ばかりが形式的に直売店に並ぶだけの結果に終わった。
庶民たちはこの馬鹿馬鹿しい経験から、「八・三(パルサム)」を「頭が足りない」または「ニセモノ」の意味でよく使うようになった。不倫カップルを「八・三夫婦」と陰口したりもする。
ここで言う「八・三資本主義」とは「未熟な資本主義」を意味する。具体的には、実際は社会の生産力がすべて金で支配されているにもかかわらず、形式的に残っている過去の社会主義制度と秩序、生産関係などが、社会の発展の足枷となっていることを示唆している。
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