以上で見たように、個人住宅の売買手続きはとてもシンプルに見える。しかし、いざ現実に個人住宅を売買するとなると、そこに立ちはだかる壁はあまりにも高い。
まず、朝鮮では、住民は居住地を自由に選択することができない(注4)。
売買情報を知らせる広告や、公認の不動産仲介業者も存在しない。

そんな中でもなお個人住宅の売買を行おうとすると、「社会主義的生活規範」という不文律がもう一つの壁として立ちはだかる。つまり「袖の下」が必要なのだ。

公証機関である裁判所の公務員たちは「潤滑油」として賄賂を渡さなければ手続きしてくれないというのが、誰もが知る現実である。
販売者が個人住宅の所有権を譲渡し、購入者が家の代金を支払う過程で、書面上の価格よりも多くの金が動き、その賄賂を取り締まると称して保安員(警察)が介入すればさらなる賄賂がやり取りされる。

経済が破綻し、秩序が乱れ、国家の社会的信用まで地に落ちた現在の状況下では、個人住宅売買の現場は不正腐敗の温床と化している。
その結果、朝鮮の住宅市場を圧迫し、萎縮させている。
(つづく)

注1 朝鮮建国から一〇年のこの年、金日成は、都市手工業と資本主義的商工業の社会主義的改造が完了したと宣言した。これにより、都市と農村において産業の社会主義による全一的支配が確立したと、朝鮮の歴史では記されている。
注2 二〇〇二年三月一三日、最高人民会議の常任委員会法令第二八八二号に採択された「朝鮮民主主義人民共和国相続法」より。
注3 一九九〇年九月五日、最高人民会議の常設会議決定第四号にて採択、一九九三年に修正、一九九九年に修正補充された「朝鮮民主主義人民共和国民法」より。
注4 「第七五条 公民は、居住、旅行の自由を持つ」(朝鮮民主主義人民共和国社会主義憲法、一九九八年九月五日、最高人民会議第一〇期一次会議で採択)という憲法条項はあるが、実際には、朝鮮では居住地の自由が存在しない。

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