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【東ティモールでインタビュー取材するアグス・ムリアワン(左)(99年)

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追悼アグス・ムリアワン
081212_apn_agus_000_3.gifアグスはバリ島で雑貨商を営む中国系の家庭で生まれている。インドネシアでは、田舎町の小売商人から独裁政権の金庫番となった政商まで、中国系は国家経済の動脈を牛耳ってきた。

だが彼らは圧倒的な少数者であり、イスラム社会と交わらぬ異教徒だったため、政府や国軍は事あるごとに中国系をスケープ・ゴートに仕立て上げていた。政治に対する庶民の不満や反感をそらすための「ガス抜き」である。暴動などが起こるたび、中国系は迫害の対象となり、暴徒の犠牲となった人びとは数知れない。

アジア有数のリゾートとなったバリ島でも、血なまぐさい記憶はまだ歴史の断面にべったりとこびりついている。40年前、いわゆる9月30日事件(共産党によるクーデター未遂事件と言われるが、原因には諸説ある)勃発後、全土で10万人とも30万人ともいわれる人びとが虐殺、処刑されたが、親共・容共と目された華僑たちは徹底的に追い詰められ、惨死していった。

バリ島の華僑たちもそのむごい運命を逃れる術を持たなかった。以後、帰る「祖国」もなく、異国で「二級市民」として生きざるを得ない中国系住民たちは、インドネシア人たちの怒りを買わぬよう、息を潜め、身を屈めながら暮らしてきた。

「目立たないように生きろ」と両親から教えられてきたアグスにとって、依拠すべき「祖国」はあらかじめ失われていた。メラメラと燃え上がるような民主化運動の熱風にあおられながらも、事態を見つめるアグスの眼はどこか冷ややかで醒めていた。

アグスが地元の新聞やテレビに興味を示さず、日本のメディアで働くことを選択したのも、インドネシア人であることへの葛藤があったせいかもしれない。彼の所属する国家は保護を与えるどころか、逆に彼らを不条理な暴力の生贄としてきたのだから、アグスがそう思っていたとしても不思議はない。

081212_agus_0006.jpg【東ティモール独立派ゲリラ・ファリンテルの兵士たち(99年/撮影:綿井健陽)

インドネシアから独立するという東ティモールの抵抗運動は、彼の祖先に塗炭の苦しみを味わわせてきたインドネシアの蒙昧で暴力的なナショナリズムに真っ向から立ち向かうものとして、アグスの共感を呼んだものと思う。

私たちは中心都市ディリに滞在しながら、国軍や民兵に殺害された独立派の犠牲者やその周辺取材を行う一方、ファリンテルとのコンタクトを深め、ゲリラの根拠地への入域許可を得る交渉を進めていた。

ゲリラ部隊は山岳地帯を転々としているので、インドネシア国軍の監視網をかいくぐってうまく合流するタイミングはなかなかむずかしい。
それでも、10日ほどたってから、首尾よくファリンテルの基地へもぐりこむことができた。密林の中の小さなベースキャンプで、ゲリラ兵士は十数名。

司令官はファルルという40代の男で身体中銃創の跡が残っていた。彼は「歴戦の勇士」ともいうべき兵士で、独立後は新政府軍の要職に就いたらしい。幼い少年兵や若い女性兵士の姿もあった。彼女は村でインドネシア国軍の兵士に強姦され、その復讐を果たすため、ゲリラへ身を投じたという。

密林の中でゲリラと寝食を共にすることは苦にならない。これまでも、カンボジアのポル・ポト派やビルマ(ミャンマー)の少数民族ゲリラ、アフガンのモジャヒディン(イスラム戦士)など、ゲリラへの従軍取材は何回か経験していた。

日没後、密林は深い静寂に包まれる。昼間の張りつめた空気が緩み、生き物たちはみな闇の中に身を沈めている。私は戦場に流れる、この淡い時間が好きである。
兵士たちは早々と眠りについていた。聞こえてくるのはサラサラと流れるせせらぎの音だけである。私は竹で編んだ細長いイスに身を横たえ、目を閉じていた。意識は夢と現実の間を行きつ戻りつ、なぜ私はここにいるのか...ここにいる私はいったい何者なのか...と自問自答を繰り返す。

ヤシの葉で葺いた小屋の中で、ゲリラたちは安らかで規則的な寝息を立てていた。月は天空にのぼり、兵士たちの丸く縮んだ背中を青く透明な光で照らしている。彼らは何を夢見ているのだろうか。密林の幻想的な夜、私は混濁する意識の中で、妻や子どもとも離れ、戦闘に明け暮れる男たちの人生を思っていた...彼らが命を賭ける「独立」とはいったい何か。「独立」がもたらすものは何か...それは至上の価値といえるのだろうか...。
この夜、アグスも気持ちの高ぶりを抑えることができず、夜更けまで寝付けなかったのだという。(続く・全7回) 次(4)へ >> 
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