アン先生が、慣れないジャンマダンの商売のやりとりに苦しめられてきた経験を総動員し、一ウォンでも家の値段をあげようと必死になればなるほど、如才ないドンスに弱点を捕まれるだけだった。ドンスはそんなアン先生を軽くあしらいながら、一つでも多く欠点を見つけようと頭をフル回転させた。
「畑はどれくらい?」(注1)
アン先生はこれには答えられなかった。それで今度は話の方向を変えた。
「今どき、弟に家を買ってやる人なんてそういないよ」
実は、ドンスはこの家を転売目的で買うのだが、アン先生には弟に買うためだと言ってある。それも非合法なことには変わりはない。
馬鹿正直なアン先生が口を滑らせて、足がつくのではないかという気がしてきた。アン先生にしっかり釘を刺しておく必要がある。
「昨日も言ったけど、私は大丈夫だよ、先生を信じてるから。だけど、アン先生がよそに行って新しい家を買うときは、売る人が信用できる人なのか、よくよく注意しないといけないよ。今は人が人を喰う時代だ。家を売り買いするときはよくよく考えて。取り締まりもだんだん厳しくなってるので、金のやりとりがばれないようにしないと(タダで取り換えたという形にしないと)。だから、相手をよく見ないといけない。信用できない人とはこんなことしちゃいけないよ」
「......」
くそ真面目な芸術家のアン先生は、ドンスに脅されると押し黙ってしまった。
「売り主が金を受け取って家を出て行ったというのに、その金を使い果たした後で当局に通報して、家をまた取り戻したっていう話もたくさんあるくらいだからな。つまり、売る人がどういう人かってことだ。住宅売買はそもそも違法だ。いったん問題になると、関連するモノや金は全部国家に没収されてしまうからな」
ドンスは横目でアン先生をちらりと見ると、カバンの中から札束を取り出した。
「あんたみたいな美術家は、一生かかってもこんな金は稼げないだろ?」
「!?」
アン先生は目を見張った。ドンスが床の上に置いた札束は、今まで見たこともないような大金だったのだ。
《この金がないために、俺は妻に苦労をかけ、子供たちを寒さに震えさせたんだ......》
しかしドンスは、この金をアン先生にすんなりと渡したりはしなかった。
「この家に住む前に、入舎証を私の名義にしておかないといけない。そのためには、人民委員会(地方政府)の都市経営局に行って承認を受けないといけないんだ。そこで裏工作が必要になる。これを確実にやってから引っ越さないとな」
国家が発給したアン先生の入舎証は、タンスの奥から取り出され、ついにドンスの金と交換された。そして、アン先生の夫人も一緒になって、三人で金を数えた。中に交じっていたぼろぼろの紙幣を夫人が取り出して見せると、ドンスはバツが悪そうに言った。
「ぼろぼろでも同じ金なんだからいいじゃないか。ニセ札ってわけでもあるまいし」
とにもかくにも、アン先生夫妻は頑張って、金を数え終えた。
もうこれで、家主は変わったのだということを思い知らせるように、ドンスは言った。
「この植木鉢はずいぶん大きいね」
「モヤシのようだった頃から育ててたんだよ」
「ところで、美術家同盟は何やってんだ? 家にテレビもないね」
「火事になってしまってな。その時、本も全部燃えてしまったんだ。惜しいことをした」
ドンスはアン先生の言葉に反応せず、入舎証を背広の内ポケットに入れて、金を入れてきたカバンを指先にひっかけると、そそくさと立ち上がった。
(整理 チェ・ジニ)
注1 経済の苦境が続く朝鮮では、野菜を植えたり家畜を飼ったりする庭が、とても重要だ。
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