現地報告 黄海道/平壌江東郡は今
やせ細る兵士、混乱する人民生活 1
報告:チャン・ジョンギル/シム・ウィチョン 整理・解説:石丸次郎
本誌編集部では、二〇〇八年春から北朝鮮内部の記者たちに、食糧事情をはじめとする人民生活について取材してほしいと要請してきた。
その取材の最中に金総書記に「異変発生」の報せが世界に流れた。
金総書記は八月中旬ごろに脳の病状が悪化し、手術ないし重厚な治療が施されたと推定されている。その後、昨年最大の国家イベントと位置付けられていた建国六〇周年記念式典を欠席する。
結果的に本誌の記者たちは、ちょうど「異変発生」の頃から、北朝鮮中を回って取材をしていたことになる。
その中でも、チャン・ジョンギル記者とシム・ウィチョン記者の二人は、水準の高い映像取材を敢行しており、「異変発生」した時期の、世界に伝えるべき貴重な記録をとどめることができた。二人の記者による現地取材の一部を報告したい。
1 チャン・ジョンギル記者の平壌江東郡取材報告
チャン記者が命がけの取材を敢行したのは、二〇〇八年七月の終わりから一〇月初旬にかけてである。
彼が住むのは平安南道のある郡であるが、編集部では取材の安全のため、日頃から内部記者たちには居住地近くでの撮影は極力避けるようにお願いしている。
チャン記者は平城(ピョンソン)市、順川(スンチョン)市を回ってビデオ取材した後、平壌(ピョンヤン)市の江東(カンドン)郡に向った。
江東郡は平壌市の東部郊外に位置し、田園地帯も広がる一方、軍需工場が集中している地域だ。
軍需産業は、その特性として機密管理が求められ、生産品が一般に消費されるものが少ないため市場との接点が少ない。国家による食糧配給制がなんとか機能しているため労働者管理が厳しく、職場を休んで商売に励むということが難しい。
「食べ物をやるから言うことをきけ」という北朝鮮式社会主義の食糧による統制が強く残っている職場である。
逆に言うと、市場にアクセスすることに不利であるため、現金収入が少なく食糧配給が滞ると途端に食糧危機に陥るという特徴を持つ。
昨年春に食糧事情が悪化した折には、配給が途絶えたこの郡の軍需工場労働者の世帯で、年寄りが餓死する事態があったと、内部記者から報告があった。
江東郡の取材を、チャン記者はビデオではなくスチール写真で行った。ビデオより写真が好きだというのがその理由だが、スチール写真は隠し撮りが困難なため危険度が増す。
「周囲の目を気にしながら、さっと撮ったら長居は無用、一目散にその場を立ち去ります。やっぱりシャッターを押す時はドキドキしますよ」
と、チャン記者は言う。
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