「西サハラは豊かだからね」とサハラウィ(西サハラに住む人々)は言う。辺りは一面、半砂漠の世界。冷たい風が吹き付け、顔に砂があたってチリチリと痛い。
町と町の感覚は、数十kmは離れている。移動中に目にするのは、すれ違う自動車と砂景色のみ。豊かさを感じさせるものは何もない。ナイジェリアのように石油が採れるわけでもなく、初めてこの地を訪れる人には貧しさばかりが思われるだろう。
彼らが誇る豊かさは、海、だった。
バケツで魚がすくえると豪語するほど、西サハラの漁場は豊かだ。ごく小型の船で岸から少し離れれば、船いっぱいのイワシが獲れる。私が写真の港を訪れたときも、沖から帰ってきた漁船の船上で、魚のバケツリレーが行われていた。
買い方も食べ方も豪快だ。まずは、玉ねぎ、トマト、キュウリをたっぷりと刻み、オリーブオイルとレモンと塩を入れて混ぜ合わせる。これでサラダが完成。続いて、キロ単位で買い入れたイワシを、そのまま七厘にのせて焼いていく。イワシ焼きあがったら手でむしりながら、サラダとともに口に運ぶ。
イワシとサラダの繰り返しが、延々と続けられ、まだ身が残るイワシの残骸が次々と積みあがっていくことになる。魚をきれいに食べるよう教えられた私には、少しため息の出る風景。
食べる量も半端ではない。「こないだは4kg食べた」「若い頃は6kgは食べたよ」「私の妻でも2kgは食べる」など、イワシの大食い自慢はいたるところで聞こえた。
バケツですくうように魚を採り、バケツ単位で魚を買い、そしてバケツ単位で魚を食すことができるほどに豊かな、西サハラの海。
日本には、モロッコから西サハラ、モーリタニアにかけての漁場で獲れたタコが輸入されている。スーパーで売られるタコの産地表示を見ると、モロッコ産やモーリタニア産を多く目にするが、以前にこの連載でお伝えしたとおり、西サハラはモロッコに占領された非自治地域のため、西サハラの文字は無い。
はるばる西サハラの海からやってきたタコが、駅前のたこ焼き屋さんに並んでいる可能性は高い。
慣れ親しんだ日本の味、西サハラの豊かさにも支えられて、成り立っている。