第5章
「人的資源」活用論と雇用の流動化と労務統制
「人的資源」がキーワードに
雇用構造を改変するためには、派遣労働の対象業務を拡大するなど労働法制を変える必要があり、財界は政府・与党に強く働きかけてきた。それは1980年代半ばから政財界で勢いを増した、市場万能の新自由主義に基づく規制緩和路線の一環でもあった。
たとえば経団連は、1988年に発表した提言『経済再生に向け規制緩和の推進と透明な行政運営体制の確立を求める』で、次のように主張している。
「少子・高齢化が進展する中で、既存産業の活性化、新産業の創出など産業構造の高度化を通じてわが国経済が活力を維持・向上していくためには、円滑な労働移動や就労形態の多様化を支える労働力需給調整システムを整備することが不可欠である」
この「円滑な労働移動や就労形態の多様化」とは、非正規雇用を増やす雇用の流動化にほかならない。「労働力需給調整システムの整備」とは、人材派遣や業務請負を通じて、低賃金労働者を必要な企業に供給できるようにすることだ。
提言は、労働者派遣の対象業務の自由化や職業紹介事業の自由化などの要望を掲げている。
「限られた人的資源を有効に活用する観点から、労働者の能力や意欲が十分に発揮されうる雇用・労働環境を早急に整備していかねばならない」ともあり、労働契約期間の上限延長や裁量労働制をホワイトカラーに拡大するなどの労働基準法見直しも唱えている。
財界からの提言と、政府が設置したいくつもの諮問機関(メンバーは主に有力財界人と財界の考え方に近い学者)による提言でも、「人的資源」がキーワードのひとつになっている。
小渕恵三内閣時代の諮問機関だった経済戦略会議が、1999年に答申した『日本経済再生への戦略』には、こう書かれている。
「産業構造が変化する中で、人材を必要以上に特定の企業・産業に固定することは、人的資源の有効活用を妨げ、経済活力を低下させることになる。日本経済の構造変化に対応する形で、雇用がより生産性の高い産業・企業に容易に移動することができれば、生産性が上昇する」
そして、「労働者派遣及び職業紹介の対象職業を早期に原則自由化し、労働市場におけるミスマッチを解消する。雇用の流動化が進めば、雇用情報サービス産業が発展することが期待される」との要望が出された。
次のページへ ...