ひとつは北朝鮮人ジャーナリストのリュウ・ギョンウォン(脱北し中朝国境で活動する)による論考「『後継問題』に直面する北朝鮮政権」である。
これは「金正雲」説が拡がる前の今年1月に執筆され、4月発行のリムジンガン日本語版第3号に掲載されたものだ。
息子による権力3代世襲が、北朝鮮国内にあってどれだけ無謀で無理な試みであるかについて分析したものである(リムジンガンウェブ版ページをご覧ください[6月9日より掲載開始予定])。
もう一つは、北朝鮮内部の記者たちの報告と、北朝鮮から中国に最近越境してきたばかりの人たちから聞いた国内の状況についてである。
北朝鮮情勢の緊張が続く中、朝中国境は警備が強化され非合法に往来することが困難になっている。北朝鮮と隣接する吉林省延辺朝鮮族自治州や遼寧省では、脱北者・越境者に会うことは非常に難しい状況だ。北朝鮮内部の取材パートナーたちも、危険を冒して中国に出てくることを避け、「暴風」が収まるのを待っている状態だ。
連載の第1回目は、そんな中で探し出した越境者のインタビューを掲載する。
(石丸次郎)
■越境者緊急電話インタビュー 1(インタビュー日 2009年5月27日)
核実験が行われる二日前の5月23日に中国に一時的に越境してきた20歳の青年に、石丸次郎が大阪から電話でインタビューした。
彼は東海岸の大都市清津市の出身で、国境沿いの街に職場の配置を受けたが、食糧配給も給料も支給されないため、知り合いに援助してもらうために時々中国に越境して来るという。
彼は北朝鮮の平凡な地位の青年であり、何か特別な情報を持っているわけではなが、この半年ほど地方都市をあちこち回った経験がある。彼の見聞や考えは現在の北朝鮮の平均的な〈気分〉を反映していると考えてよいと思う。
彼のインタビューを数回に分けて掲載するが、第1回目は金正日総書記の病気と後継者について語ったものである。
◎ ◎ ◎
石丸:金正日将軍様はすっかりやせ細ってしまったようだけれど、「激痩せ」写真を見て皆なんて言っていますか?
A:私も(病気については)よく知りませんでした。平城、平壌、元山方面に行ってきたんですが、「将軍様は右手が病気で使えなくなったそうだ」と(人々)は言いあってました。
それから最近は茂山鉱山かどこかで現地指導をしたんだそうですが、その時将軍様は自分で歩けなくて、同行した幹部が腕をつかんで支えながら歩いて行ったというんです。
それで人々は「あの人(の寿命は)はそう長くはないな。死ぬときが来たんだ」って言うんですよ。そして「度胸が据わった人間だから、死期が近づいたんでミサイルを打ち上げて最後の悪あがきをしてるんだ」言う人もいました。「自分が死ぬ前に戦争をして国民を皆殺しにして、それから自分も死ぬつもりなんだ」と、好き放題に言う人もいます。
石丸:へえ、そんなことまで言うんですか?
A:もちろん、そういう話は隠れて気心が通じ合った人同士で話すんですよ。赤の他人にそんなこと喋ったら殺されますよ。
石丸:それは将軍様には早く死んで欲しいという意味ですかね?
A:まったく、もう将軍様には死んでもらったっていいでしょ。
(人民は)どれだけ苦労したんですか? この将軍様の時代にどれだけの国民が飢え死にしましたか?
だからみんな言うんです。「金日成首領様がおられた時は、それでも中国と仲良くしていたしソ連とも関係が良かったから朝鮮人たちを養うことができた」って。それに農場へもしょっちゅう訪問されてたし。
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