大村一朗のテヘランの風~第10期イラン大統領選挙リポート.2 2009/07/21
第10期イラン大統領選挙の特徴の一つに、イラン国営放送による選挙キャンペーンが挙げられる。20日間の選挙活動期間中、国営テレビとラジオで、各候補者にそれぞれ17.5時間ずつの時間が与えられるという、この国では前例のない試みだ。普通、毎日の様にテレビに顔を露出する現職大統領が選挙では圧倒的に有利になるが、このキャンペーンのおかげでそういった優位も幾分中和されることになる。
この選挙キャンペーン番組には、「専門家への回答」、「在外イラン人との対談」、「ドキュメンタリーフィルム」、「特別対談」といった30分から90分までのテレビ番組があり、くじ引きで決まった順番で、それぞれの候補が出演する。なかでも注目された番組は、各候補総当りの、1対1の「テレビ討論」である。
この「テレビ討論」は、国内だけでなく、海外のメディアにも大きく取り上げられた。実際、イランの政治家、それも保守派と改革派の大物同士がテレビで本気のディベートを行うなど、前例のないことだった。
90分のこの番組では、出演する二人の候補にそれぞれの41、2分の持ち時間が与えられる。囲碁の対極よろしく、発言は交互に行なわれ、話した分だけ持ち時間がカウントされてゆく。
「テレビ討論」の二日目。この日の出演は、今期大統領選挙の本命と目される二人、現職のアフマディネジャード大統領と改革派のムーサヴィー候補だった。夜10時半、国民の多くが見守る中、後に「歴史的討論」と呼ばれることになる討論の幕が切って落とされた。
《アフマディネジャード》
「国民の声を聞くと、彼らは自分たちの権利や立場を守ってほしいと私に言う。私は今日の腐敗の根本について述べなければならない。今、私の目の前に立ちはだかっているのは、ムーサヴィー氏ではない。過去三つの政権である。これら三つの政権はいつも互いに支持し合ってきた。実際これらは一つだった。
私の内閣が成立したとき、彼らは私の内閣を標的に据えた。私へのこの重い圧力や、ある問題に対する更に重い圧力が加えられた理由は、これら三つの政権が革命の理念とはかけ離れた理念を持った運営システムを形成していたからだ。彼らはこの4年間、政府を地面に叩きつけようと努力してきた。しかし、至高なる神の助けにより、我々はここまで来ることが出来た。ハーシェミー氏が隣国の王の一人に、半年以内に政府を崩壊させるとメッセージを送っていたにもかかわらずだ」。
イランでは、30歳未満が総人口の3分の2を占める。選挙権は16歳以上なので、10代、20代の若者が厚い有権者層を構成している。こうした若年層にとって、アフマディネジャード政権下での4年間と比較できるのは、その前のハータミー政権下での8年間であり、それ以前のラフサンジャーニー政権の8年間や、さらにその前のムーサヴィーが首相を務めた戦時政権などは、社会の実感として記憶になく、比較の対象にはなりえない。
そのため、強硬で宗教的なアフマディネジャードより、自由でリベラルなハータミー時代の方が良かったと考え、そのハータミー師が押すムーサヴィーを支持する若者が多いのは自然な成り行きと言っていいだろう。
アフマディネジャードがこの討論の冒頭で、自分の敵がムーサヴィー一人ではなく、同じ根を持ったこれまでの3政権全てが敵であること、そして、ハータミー師ではなく、自分こそが新しい流れを生み出した特別な存在であると主張したのは、政治的記憶の限られた若年層を意識してのことだったろう。そしてアフマディネジャードはこの討論で、最後までこの旧3政権の一体性というテーマを貫いてゆくのである。
これに対し、ムーサヴィー候補は、細かな具体例を挙げながら、この4年間のアフマディネジャード政権の「失策」を一つ一つを糾弾してゆく。中でもアフマディネジャード政権の外交政策について、多くは空想的で科学的根拠を持たず、イラン国民の名誉を傷つけ、損ない、幅広い緊張をもたらすだけだったとこき下ろした。
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