「でも、 油はどこから持ってくるの?」
「平壌、南浦(ナムポ)、新義州(シニジュ)にその「クチ」(注1)があるの。リャンさんもお金を貯めこまずに、やってみればいいのに。どう? 私と一緒にやってみる?」

われわれの会話から「格式という敷居」が取っ払われ始めた。内容が商売絡みになってきたせいである。
商売の世界では年齢や性別、地位なんて何の意味もない。商売の道に足を踏み入れた者は、みなお互いを対等の相手として扱うようになるのだ。
「どんな連中が関わっているの? これだっていう儲け話は他にないのかい?」

「今じゃ工場も企業所もみんな商売やってるじゃない」
それまでじっと聞き入っていた先生が、堪りかねて会話に入ってきた。
「うん? 企業所がジャンマダン(市場)で何を売り買いしているっていうのかい?」

娘は怪訝そうに父親の顔を覗き込んだ。そして生まれて初めて、歴史学の教授である自分の父親に向かって「講義」を始めた。
「企業所も、今じゃ食糧配給が出たらその足で闇の値段で横流ししてるでしょ。それを買った人がジャンマダンで、もっと高値で売ってる。同じようにガソリンも軽油も売り買いするの。コメは一キロが、たかだか一〇〇〇ウォンだけど、油は二縲恷O倍になるんですもの。だからこれは金持ちがする商売なのよ。

それから......、新義州の方では南朝鮮から来た、えーと、『義挙入北者』(韓国からの亡命者)って人たちが、ガソリンの売り買いを手広くやってるそうよ」

先生はこれまで、娘が関わっている商売について、詳細を尋ねたりできずにいたようだ。だが今日は、先生に代わって私が、先生の娘の商売のことを巡ってあれこれ質問し、議論のきっかけを作ることになりそうだった。私はヨンスンに訊いた。

「しかし、この商売は金があれば誰だってできるってもんじゃないだろ? 人脈がなけりゃな。
南から来た『入北者』が簡単にできることなのか? 義勇軍の南の出身者(朝鮮戦争時に北朝鮮を支持して参戦した韓国人)ですら、こっちに来てどれだけ苦労してるんだ」

先生ならこんな疑問を持つだろう、そう思いながら訊いた。
「それって、ほんとに古い考えから抜け出せない、救いようのない人たちの思考なのよ。

考えてもみてよ、苦難の行軍の配給途絶の時代に、あれだけたくさんの人たちが飢え死にしたっていうのに、その南の出身者たちはまだ生き残ってるのよ。冷遇されてきて一番はじめに飢え死にしてもおかしくない人たちが、今まで生き残ってるのは、うまく商売やってるからってことでしょ。現実を直視することね」
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