店の入り口にムーサヴィーのポスターをぐるりと張り巡らせた生地屋の主人(41歳)に話を聞くと、やはりこの近辺のバーザールでは、ムーサヴィーとアフマディネジャードの支持者は半々くらいだそうだ。
あなたはムーサヴィーに何を期待していますか?
「自由がほしい。表現の自由。この国では言えないことがいっぱいある。アフマディネジャードの時代になってから息苦しくなったよ。何がって、例えば、子供が出演するテレビ番組で、5歳以下の女の子にもヘジャーブを被らせるようにしたりさ。そんな子供に何が分かるっていうのさ」
テレホンカードやCDを売る小さな店のの店主(30歳)は、店のガラス窓にムーサヴィーのポスターを張らせている最中だった。
「ムーサヴィーが首相だった時代、いかに経済が安定していたか。アフマディネジャードの4年間で、失業率もインフレも悪くなるばかり。外貨備蓄も石油による収入も全部なくなったよ」
彼は、自由より経済をなんとか変えてほしいと言った。
アフマディネジャードの顔写真の大きな垂れ幕を掲げた食糧雑貨店の50代の店主は、店の写真を撮ることを快諾し、私の問いに答えてこう言った。
「アフマディネジャードは国の利益を守っている。日本や韓国はアメリカとの友好関係の中で発展したが、代わり失ったものも多いだろう。アフマディネジャードは国の利益を守りながら、国を発展させてきた」
欧米の脅迫や妨害をものともせず核開発を続けてきたイランの姿を、こう表現することも出来るだろう。しかし、経済政策はどうなのか。
「そりゃ、問題がないとは言えないが、金融危機のせいで日本や欧米だって失業率はひどいものだろう?イランには金融危機の影響はほとんどなかったんだ」
金融危機の影響にあえぐ日本や欧米より、金融危機の影響がほとんどなかったイランの方が、失業率もインフレも恐ろしく高いという事実は、国営メディアでは流されない。インターネットにも衛星放送にも接する機会のない人々は、心の底からアフマディネジャードを、穏やかな宗教的暮らしを守る庶民の味方、イランの国益を守る勇敢な指導者だと信じている。
もちろん、同じようにムーサヴィーの支持者らの中にも、改革派であるハータミー政権下の8年間の限界を忘れ、彼が欧米並みの自由と民主主義、そして経済的繁栄をもたらしてくれると夢見ている支持者は多い。
商業区域から外れると、もう選挙用ポスターは見かけない。繁華街でのアフマディネジャードとムーサヴィーの支持者の割合が半々だったとしても、ポスターの貼られていない静まり返った下町の住宅街の、扉の向こうにいる人たちが、誰を支持しているのかは知りようもない。