神奈川県にある米海軍厚木基地(飛行場)。在日米軍基地は(施設・区域)は現在、全国に85ヵ所ある。
17 裁判権行使通告期限による時間的制約
米兵犯罪に対して、日本国当局が起訴することにより第1次裁判権を行使するか、しないか。それを米軍当局に通告するまでの期間が極めて短く限定されている。比較的軽微な罪の事件では10日間、その他の罪の事件では20日間である(それぞれ5日間、10日間の延長も可能)。
この日米間の合意によって、「事件の捜査処理上、時間的な制約を受けることとなっている」(『実務資料』P23 )事実は、日本の検察当局者も認めている。
1960年代初めに東京地検八王子支部検事だった河上和雄は、当時、立川や府中などの米軍基地を管内に抱えていた八王子支部で、頻発する米兵犯罪に苦慮した体験をこう述べている。
「ある町の繁華街の裏通りで、午後10時頃、外人兵の乗用車に日本人が轢き逃げされた事件があった。
目撃者のバーの女給から、車の番号が判って直ぐその所有者が検挙され、書類で送検されて来た。
米軍の構成員による犯罪は、殺人でも死亡事故でも、裁判権の行使期間が限られている。このような重罪の場合は、事件を日本側あるいは米軍側から相手方に通報してから20日間と決められている。延長しても、最長30日間で、この期間内に日本側が裁判権を行使しない限り、裁判権は米軍側に移る。
しかし、20日の期限中、10日間位は警察の捜査に費やされてしまう。この事件の場合も、残りは延長しても20日間あるなしであった。ともかく、憲兵隊を通じて被疑者を呼出し、取調べを行なった」(「検事、基地に奮戦す」碧眼の被疑者を追う悪戦苦闘の日々/『文藝春秋』1962年1月号)
記事によると、被疑者の米兵は事故現場近くのバーで同僚の米兵2人と飲酒していたことは認めた。しかし、自動車のキーを差し込んだままだったので、誰かが勝手に乗り回して事故を起こし、また元の場所に車を置いていったにちがいないと主張して、罪を認めなかった。
同僚の米兵や日本人の目撃者らの証言にも曖昧な点があり、捜査は難航した。裁判権行使の通告期限まで残り数日と迫るなか、最後の手段として、被疑者と同僚の米兵2人を嘘発見器にかけるよう、米軍の特別捜査部に要請した。
いよいよ明日が通告期限の最終日というとき、嘘発見器にかけると言われて怖じ気づいた被疑者が遂に自白して轢き逃げを認めた。
こうして、通告期限ぎりぎりに事件の真相が判明したわけだが、もしも犯人が自白しなかったら、嫌疑不十分のため起訴できず、裁判権を行使できなかったところである。
米兵犯罪の起訴率が極めて低い現実を見ると、「事件の捜査処理上、時間的な制約を受ける」ことになる、この短い通告期間の合意が、本来裁かれるべき米軍人・軍属の罪を見逃す結果につながっているにちがいない。
つづく(文中敬称略)
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