長崎県にある米海軍佐世保基地。強襲揚陸艦が停泊している。在日米軍基地・演習場(施設・区域)は現在、全国に85ヵ所ある。
26 日本政府の従属的な姿勢
米軍人や軍属である被疑者の身柄を米軍側に引き渡してしまうと、日本側の捜査、取り調べは難しくなり、不利となる。公務執行中ではなく、日本側に第1次裁判権があったかもしれないのに、捜査、取り調べができなくなって、起訴もできず、事実上、裁判権の不行使という結果にもなりうる。
この問題に関して、『実務資料』の32~36ページに、「日本国の当局が逮捕した被疑者の身柄の取扱い」という項目で解説が載っている。
「当該犯罪が合衆国の当局が裁判権を行使する第1次の権利を有するものであるとき、又は当該犯罪が公務の執行中に行なわれたものであるかどうかが疑問であるときには、被疑者の身柄をもよりの合衆国軍隊憲兵司令官に引き渡すものとすることとされている(合意事項第9項(a) 」(p.32)
『実務資料』は検察官や法務省職員など日本側当局者が、実際に米兵犯罪を処理するための実務のマニュアルである。だから、「公務の執行中に行なわれたものであるかどうかが疑問であるとき」と、正式な「合意事項」全文に基づいて解説がなされている。「刑事裁判管轄権に関する事項」のように重要部分の書き替えはしていない。そして、こう続いている。
「このように、当該事件についての第1次裁判権が合衆国の軍当局にあることが明らかな場合のほかに、当該犯罪が公務の執行中に行なわれたものであるかどうかが疑問である場合にも、その者の身柄を軍当局に引き渡すこととしているのは、その点がいずれとも判定し兼ねる場合に、公務執行中のものであることが明らかでない以上はわが方で身柄の拘束を続けてもよいとすることは、被疑者が軍隊の構成員又は軍属という特殊な地位にあることをかんがみ妥当でないので、とりあえずその身柄を軍当局に引き渡すこととするのが相当であるとされたものである」(p.33)
なぜ「公務の執行中に行なわれたものであるかどうかが疑問である場合」、つまり公務執行中だったのかどうかはっきりしない場合にも、被疑者の身柄を米軍側に引き渡さなければならないのか。その理由が述べられている。
やはり、「被疑者が軍隊の構成員又は軍属という特殊な地位にあることをかんがみ」という、米軍の軍事的な都合を優先させる日米両政府の考え方、合意に由来しているのである。
それは、「合意事項」第40項で、日本側の第1次裁判権行使の通告期間が極めて短く限られている規定の理由が、「軍隊の構成員等の移動は随時なんの拘束もなく行なわれるべきものであるという本来の性格にかんがみ、構成員等に対する処分を不確定なままにしておくことは、軍行動に支障をきたすものである」から(『実務資料』p.25)という軍事優先の考え方に由来していることとも通じる。
内部資料・秘文書である『実務資料』には、正式な「合意事項」全文とそれに基づく解説を載せている。ところが、国会はじめ外部への公表用である「刑事裁判管轄権に関する事項」では、意図的な書き替えをしている。
やはり日米地位協定の米軍優位の実態を隠し、日本政府の従属的な姿勢を糊塗したいからではないだろうか。
つづく(文中敬称略)
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