34 公務の範囲をめぐって後退する日本政府の姿勢
こうした公務の範囲の拡大解釈が合意される以前に作成・発行された、法務省刑事局の秘文書『外国軍隊に対する刑事裁判権の解説及び資料』(「検察資料」〔66〕1954年))の、米軍人・軍属の犯罪に対する裁判権についての解説で、注目すべき記述がある。
「公務執行中の作為又は不作為から生ずるものにいう『公務執行中』とは、単に公務に従事している時間即ち勤務時間中という意味ではなく、公務執行の過程においてという意味である」(前掲書 p.18~19)
「例えば歩哨に立っている合衆国軍隊の構成員が挙動不審者を発見し誰何したところ逃げだしたので、守則に従って威嚇のために銃を発射したところ、過ってその者に傷を負わしたような場合、或はMPが自動車で巡ら中或は軍人が隊伍を組んで軍隊として行動中過って人をひいたような場合がこれに当たる。また上官から公務として甲地から乙地へ行くべき命令を受け自動車を運転中過って人を傷つけたというような場合もここにいう公務執行中と解してさしつかえないであろう」(前掲書 p.19)
「これに反し、勤務時間中といえども自宅で食事をとるための帰宅の途中自動車の運転を誤り過失で人を傷つけたような場合、MPが巡ら中酒場で酒を呑み日本人に暴行をしたというような場合は、『公務執行中』にあたらない」(前掲書 p.19)
つまり、日米地位協定第17条の「公務執行中」に関する法務省の本来の解釈では、米軍人・軍属が自宅で食事をとるための帰宅途中の交通事故、すなわち勤務場所と住居・宿舎の往復途中の交通事故は、「公務執行中の作為又は不作為から生ずる罪」には該当しないとされていたのである。
ところが前述したように、同資料の作成・発行の翌年、日米合同委員会刑事裁判権分科委員会において、米軍側の強い要求により、勤務場所と住居・宿舎の往復途中の交通事故も「公務執行中の作為又は不作為から生ずる罪」に該当するという解釈を認めて、合意したのである。
法務省すなわち日本政府の姿勢がいかに妥協的で、米軍側に譲歩して解釈を変え、後退しているかがよくわかる。
その結果、『外国軍隊に対する刑事裁判権の解説及び資料』に代わる「検察資料」として法務省刑事局が作成・発行した秘文書、『合衆国軍隊構成員等に対する刑事裁判権関係実務資料』(「検察資料」〔158〕1972年)の、米軍人・軍属の犯罪に対する裁判権についての解説では、米軍人・軍属が自宅で食事をとるための帰宅途中の交通事故は「公務執行中の作為又は不作為から生ずる罪」には該当しないという解釈の事例が、跡形もなく削除されている。
これら法務省刑事局の秘密の内部資料における記述の変化に、日米地位協定をめぐる日本側の従属ぶりが映し出されている。
つづく(文中敬称略)
記事一覧