35 「公務証明書」の乱用ともいえる事態
「このように日米当局の間で、公務中の範囲をたえず拡大するベクトルが働いています。米軍が『公務証明書』を簡単に発行して、公務中だと言い立てれば、日本の警察は、逮捕することも、取り調べることもできない仕組みですから、それを根拠に、米軍は米兵の無法行為について、きわめてしばしばあれは公務中のものだったと言い張るのです。そして、米兵による交通事故のほとんどを『公務中』扱いにして放任するならわしは、特に人口密集地域に米軍基地が集中的に居すわる沖縄県で大きな問題を生んでいます」
新原がそう指摘して、具体的な資料として挙げるのが、沖縄県の警察行政に関する外部監査報告である。それは『平成17年度 包括外部監査結果報告書』(沖縄県包括外部監査人 弁護士 大城純市 2006年3月)という。
なお、包括外部監査とは、地方自治法第252 条の規定に基づき、毎会計年度ごとに地方自治体の業務を外部の専門家の監査人が監査をし、その報告書を首長あてに提出することである。
同報告書は、米軍人・軍属が運転する乗用車の交通違反、交通事故に対して、「米軍が発行する公務証明書を金科玉条の如く無条件に鵜呑みにする必要性はなく、交通事故現場における初動捜査段階で公務執行中か否かの事情聴取等をすべきである」と、日米地位協定上の原則を述べたうえで、しかし現実には沖縄県警の対応が甘い点を、次のように厳しく指摘している。
「実際に、米軍人軍属が個人で所有する普通乗用車を運転して沖縄自動車道及び一般道路でスピード違反などで検挙される件数は平成16年度は181 件と多く、その多くが、検挙後米軍当局から那覇地方検察庁検事正に対して公務証明書が発行されている。
この場合、公務執行中の場合も私用の場合もあるが、実際には公務執行中か否かの事実関係についての初動捜査段階で裏付け捜査をすることもなく、公務執行中か否か反証活動の可能性を検討することなく無条件に公務証明書のとおりに公務執行中と認定し、行政罰としての反則金納付通知・略式起訴による罰金命令・正式裁判による懲役求刑等に向けた捜査を行っていない。
これでは、米軍人軍属が軍の休日に基地外に遊興に出掛けた場合まで公務執行中として刑事罰が免責される可能性を防止できず、甚だ不正義・不平等であり、日本国民の保護を放棄するものである」
このように沖縄県警の姿勢を批判したうえで、「監査結果要約」を次のようにまとめている。
「公務証明書の内容の真偽について県警本部は調査をしていないのは、自ら『反証』の機会を放棄するものであり、場合によっては不作為の違法性の問題が発生する。
また米軍当局から発行された公務証明書の内容を調査しないままだと、公務中でないことが明らかで内容虚偽の公務証明書が発行されても日本に裁判権がないことになり自国民を保護できないことになり不合理である。
さらに、現状では米軍人による事件、事故が発生しても公務証明書が発行されることを見越して検挙しない例があるとも指摘されている。
これでは、不平等、不合理であり、米軍人、軍属に対して国内の法的秩序を維持できず、日本の国民の人権を保護できないことになる」
そして、「監査意見」として、こう提言している。
「仮に、米軍当局から公務証明書が発行されても、県警は交通事故現場における初動捜査段階から公務中か否かに関する情報を入手する等して、内容の真偽についても確認すべきである」
「公務証明書」の乱用ともいえる米軍優位の日米地位協定の運用が、いかに深刻な事態をもたらしているかがわかる。
つづく(文中敬称略)
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