硫酸水のお風呂
私たちが盗んだ「ドロス」を家に持ち帰ると、父さんと母さんは、それをうすに入れて砕く。するとその粉が飛び散り、つんとひどい臭いが充満した。
臭いだけではなく、のどが痛くなりほこりも被った。
まっ青になるまで細かく砕かなければならないのだが、そこまでするのはどれほど大変なことか。夜眠らないで続けることが多かった。
涙のようなドロスがなくなると、私たちは皆、「カド」を盗みに行った。カドとは亜鉛の粒が固まったり、酸化した物のことだ。カドを盗むためにはドロを掘り起こさなければならないが、夜に穴を掘って忍びこみ、熊手で引っかきだし、袋に一つずつつめこんでいった。
これを盗むためには、保衛隊と鬼ごっこをしなければならなかった。子どもたちがカドを盗んで出てくると、待ちかまえていた大人が立ちふさがるのだ。
私たちは「カド」盗みの初日には、35ウォンしかかせげなかったが、次の日からは毎日200ウォンずつかせいだ。兄さんと私はほとんど毎日、昼も夜も関係なく出かけて行かなくてはならなかった。そのためずいぶん叩かれたりもした。銃の台尻で殴られることくらいはしょっちゅうだったが、それでも続けた。
盗みをしてつかまってしまうと、冷水に沈められたり、硫酸水の中にも沈められた。
そして気合を入れ(殴る)られたり、腕立てふせ500回をさせられることもあれば、匍匐(ほふく)前進を100回させられることもあった。私は女の子だから大体歌をうたわされた。
他の子どもたちよりも少し歌が上手だったので、私は他の子のようにたくさん叩かれることはなく帰されることが多かった。それでも時々は殴られた。そんな日は痛みと腹立ちを押さえることができず、二度と盗みなんかするもんかと思うのだった。
けれども、次の日の朝には気持ちはかわっていて、また、工場に向かって家を出るのだ。
マグネシア配合場 コンベアーのベルトに乗って
ぼくらはコークス偵察兵
荒々しい保衛隊が前をふさいでも
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