生きる方法は脱出のみ [その5]
(文) リ・ドンハク [キルスの伯父・ファヨンの父]
私たちが暮らしていた村から遠くない所に、「端川(タンチョン)亜鉛製錬所」があった。その企業所には、外貨を稼ぐことのできる有色金属や、その他の副産物があった。
しかし、いつの頃からか、その企業所は「貧しい人」には「生活手段」に、裕福な人には富を蓄える手段になり始めた。
その工場の労働者たちもドロボウに変わった。学校にも行かずに「生活戦線」に立った子どもたちと家庭の主婦たちも、やはり盗みをしないわけにはいかなかった。
私の子どもたちは、その工場に3年もの間、「出勤」していった。
その工場に行って、何でも品物を盗んでくるための「出勤」である。子どもたちは、自分たちの言葉でそれを「攻撃をする」と言っていた。
そこに行く子どもたちは、ひとりで来る子ども、三兄弟みんなで来る子ども、お母さんといっしょに来る子ども、ひとりで来るおばさんたち、昼間にだけ現れる連中、夜中にだけ現れる連中...とにかく大勢いるのだ。
子どもの話によれば、その工場に盗みに入る人間は百名以上いるということである。年齢も一様ではない。八歳の小さな子どもから、もう少し上の15~18歳の子どもたちも多い。20歳を超えた青年たちもいる。若い主婦もいれば、腰が曲がった老人たちまでいる。
子どもたちの服と靴は、言うまでもなくボロボロに破れていて、片方のそでがない服、全身真っ黒に汚れた服、ゴミ捨て場、汚物捨て場でも見つからないような服ばかりである。
その上、硫酸水が染みて牛革のようにごわごわになっていた。
わが家で最初にその亜鉛精錬所に通いだしたのは長男だった。そして後を追うようにして下の子ふたりも合流した。
雨が降っても、雪が降っても、風が吹いても、一日も休まずに子どもたちは本当に「まじめ」に通った。まるで苛烈な戦闘に参加した兵士のように。
その工場が動いているときは中間生産品を盗み、工場が動かず中間生産品がないときには、その他のクズを盗んできた。
そのクズはもともと捨ててしまうものだったが、今ではそんなものでも売れば外貨になると言うのである。私たちには当初経験がなくて、盗みの成果はあまり大きくなかった。
しかし、いくらもしないうちに他の家の子どもたちのように成果が上がり始めた。あるときはクズを何キロか持ち帰ることもあり、あるときは中間製品を何キロか持ち帰ることもあった。取り締まりに追いかけられ、手ぶらで帰ってくることもあった。
子どもたちが亜鉛クズを持って帰ってくると、妻と私はそれを砕いて選り分ける作業をする。選り分けたクズが溜まると、それをリヤカーに乗せて、「外貨稼ぎ事業所」(注・クズ鉄や銅など、海外に売れるものを集めて外貨を得る職場が、北朝鮮には多い)に持っていき、小麦粉やトウモロコシをもらってくる。
亜鉛クズを砕いて選り分ける作業をすると、ほこりで服はまっ白になり、顔はほこりと汗が混ざり合ってどろどろになる。化学工場から出るクズなので、鼻がツーンとする。それで、この作業をするときには、マスクを使ったり、手ぬぐいで顔を覆わなければならない。
しかし、そのほこりは皮膚に染み込んで来るので、手はまっ赤にはれあがり熱が出る。しばらくすると、皮膚は裂けて切れ、血が出てカサブタができる。石鹸で洗ったりクリームや薬を塗っても効き目はない。手が痛くて子どもたちは夜まともに寝ることもできなかった。それでも子どもたちは、朝になると再び「攻撃」に出て行くのである。
朝ごはんといっても、トウモロコシなどを挽いた粉で作ったお粥、あるいは粉と野草を固めたもの、粉で作ったソバぐらいである。そんなものを食べて、一日も休まず毎日「攻撃」に出かけなければならない。
夕方は普通7時頃に帰ってくるが、時にはとても遅くなることもあり、夜10時を過ぎて帰って来ることも多かった。子どもたちが7時を過ぎても帰って来ないと、親の私たちはそわそわと落ち着かない気持ちで待ち続ける。
3人の子どもがいっしょに帰って来る日が、やはり私にはとてもうれしかった。
子どもたちはいくら疲れてお腹が空いていても、「攻撃」の戦果があった日にはうれしそうな顔で戻ってくる。だが、たいした戦果のない日は、沈んだ表情で帰ってくる。
子どもたちは日に焼け、風雪を浴びるので、まるで大人の顔のようにツヤがなかった。かさかさした顔で笑いながら「攻撃」の話をするのである。
自分たちが持ち帰ってきた戦利品を取り出して、きゃあきゃあと笑いながら自慢話をする子どもたちを見ると、私はうれしさよりも心が痛んだものだった。(つづく)
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(文) リ・ドンハク [キルスの伯父・ファヨンの父]
48歳。咸鏡北道花台郡出身。労働党員であったが1999年1月に北朝鮮脱出北朝鮮では製錬所、建設企業所の、副職場長などを務めた。
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